Pain Relief痛みと鎮痛の基礎知識
 私たちには痛みがあるので、身体の損傷に気がつくことができる。 
 しかし痛みを放置すると、さらに治療が困難な慢性痛に陥るので、
 痛みを我慢してはいけない!
 多くの患者さんが痛みに苦しんでいるので、
 「鎮痛の研究」は望まれているに違いない。
 痛みからの開放のためには、まず「痛み」を知ることも重要であろう。
痛みと鎮痛の基礎知識[上]基礎編、技術評論社 痛みと鎮痛の基礎知識[下]臨床編、技術評論社
[技術評論社 /]

定義-IASP
(WEBの目的)
痛みとは
反応
物質
■構造
伝導系
細胞の
抑制系
研究法
様々な痛み
 ↓↑
鎮痛法
歴史年表
基礎の基礎
用語
略語
形容詞
リンク集
学会/
 基礎研究
臨床研究
その他
研究者
学生用>*
横田先生

ノート
統計
論文英語

■ IASPのPainの定義 →IASP
     An unpleasant sensory and emotional experience associated with actual or potential tissue damage, or described in terms of such damage.
     「痛みは、実質的または潜在的な組織損傷に結びつく、あるいはこのような損傷を表わす言葉を使って述べられる不快な感覚・情動体験である」
    Note: (The inability to communicate verbally does not negate the possibility that an individual is experiencing pain and is in need of appropriate pain-relieving treatment. )Pain is always subjective. Each individual learns the application of the word through experiences related to injury in early life. Biologists recognize that those stimuli which cause pain are liable to damage tissue. Accordingly, pain is that experience we associate with actual or potential tissue damage. It is unquestionably a sensation in a part or parts of the body, but it is also always unpleasant and therefore also an emotional experience. Experiences which resemble pain but are not unpleasant, e.g., pricking, should not be called pain. Unpleasant abnormal experiences (dysesthesias) may also be pain but are not necessarily so because, subjectively, they may not have the usual sensory qualities of pain. Many people report pain in the absence of tissue damage or any likely pathophysiological cause; usually this happens for psychological reasons. There is usually no way to distinguish their experience from that due to tissue damage if we take the subjective report. If they regard their experience as pain, and if they report it in the same ways as pain caused by tissue damage, it should be accepted as pain. This definition avoids tying pain to the stimulus. Activity induced in the nociceptor and nociceptive pathways by a noxious stimulus is not pain, which is always a psychological state, even though we may well appreciate that pain most often has a proximate physical cause.

    注釈: (言葉でのコミュニケーションができなくても、個人が痛みを経験している可能性があり、適切な疼痛緩和治療が必要とされる可能性がありうる。 )痛みはいつも主観的である。各個人は、生涯の早い時期の損傷に関連した経験を通じて、この言葉をどんなふうに使うかを学習している。生物学者は、痛みを引き起こす刺激はしばしば組織を損傷することを認識している。それ故、痛みはわれわれが実質的あるいは潜在的な組織損傷と関連づけた体験である。痛みは身体の一カ所あるいは複数箇所の感覚であることは疑う余地がないが、痛みはいつも不快であり、情動体験でもある。痛みに似ているが不快でない体験、たとえばチクチクした感覚は、痛みと呼ぶべきではない。不快な異常体験(異常感覚)も痛みかもしれないが、主観的には、痛みの通常の感覚特性を持たないかもしれないので、必ずしも痛みとは言い切れない。多くの人々は、組織損傷あるいは、それに相応した病態生理学的原因がないのに痛みがあると報告するが、これは通常心理的な理由で生じる。主観的な報告しか受けることができないので、このような体験と組織損傷による体験とを通常区別することはできない。 もし彼らが、自分の体験を痛みと思い、組織損傷によって生じる痛みと同じように報告するなら、それを痛みと受け入れるべきである。この定義は痛みを刺激に結びつけることに避けている。痛みを引き起こす主な原因がしばしば身体にあることを受け入れるにしても、侵害刺激によって引き起こされる、侵害受容器および侵害受容経路における活動は痛みではなく、痛みはいつも心理学状態である。
     括弧内は1979年のPain誌に掲載された時にはなく、現在のIASPのウェブサイトに追加されたものである。

  • この定義は、1979年にIASPの用語委員会(chairman: Harold Merskey)が作成したもの。[PubMed]

  • Rene Descartes流の「感覚は、刺激の心的表象(mental representation)以外の何者でもない」という主張は、もはや受け入れらないので、IASPはHarold Merskey(精神科)を座長とするグループに「痛みの定義」を作成するように要請した。
  • 古典的な見解では、刺激が純粋な感覚をもたらし、感覚が知覚をもたらす。組織損傷は純粋な痛みをもたらし、純粋な痛みが痛みと不快感をもたらす。
  • しかし、現代的な見解では、刺激は知覚を生じることもあるし、生じないこともある。組織損傷は、不快な経験である痛みを生じることもあるし、生じないこともある。

  • 新しい定義のポイント
    1. 観察しても内省しても、組織損傷と痛みの対応が見出されない。
    2. 健康な人は不快感を伴わない純粋な痛みを経験しない。最初に純粋な感覚があるべきで、その次に、純粋な感覚に不快感のような情動的価値を付与する精神的価値判断が続くとする。

アメリカ議会 2001年〜10年間 "the Decade of Pain Control and Research" 1/2
  • 2000年、米国議会は「痛みの10年」(Decade of Pain Control and Research)宣言を採択した。
  • 2001〜2010年の10年間、痛みをめぐる様々な問題に国家的規模で取り組むことを表明した。
    • 米国全土にわたる慢性痛の実態調査、痛みの評価と治療基準の作成および実施
    • 医師の再教育、痛みを見直す国民週間の設定など
    • 痛みを体温、血圧、心拍、呼吸数に続く五つ目のバイタルサインとし、すべての患者に対し、痛みを評価する。

  • 背景
    • 1998-1999年の全米における実態調査により、程度の高い慢性痛に悩まされている患者が成人人口の9%を上っていた。
    • 無効な治療やドクターショッピングによる医療費の浪費、痛みによる就労困難、介護費用などによる社会経済の損失は年間約650億ドル(9兆円)と推計された。

     →慢性痛への対応が医学的、社会的に急務とされたという状況がある。
     →同様の動きは、ヨーロッパ諸国でも見られる。
     →慢性痛への対応は、いまや世界的な潮流となりつつある?















Pain Relief
痛みと鎮痛の研究
 ← 「痛みと鎮痛の研究 - Pain Relief」の目的


Since '07.9.1Pain Relief