(Guiding Principles for Animal Experiments Using Nonhuman Primates)
日本霊長類学会
(Primate Society of Japan)
l986年6月l4日
前文
野生のサル類は、人類と共存しつつ、長い進化の歴史的時間を経て、現在の姿を保持
するに至った貴重な動物である。今日、さまざまな理由により、野生サル類の生息環境
は破壊されつつあり、その結果、サル類の自然生息数は減少の一途をたどっているとみ
られる。それ故、野生サル類の減数を防ぐ方途は、自然環境の保護に通ずる道であり、
今日、人類が自らの生存のためにも、真剣に取り組まねばならぬ課題である。
一方、サル類が医学、生物学、人類学、心理学,行動学等の研究や教育、さらには多
くの種類の医薬品、生物活性物質、化学薬品等の有効性や安全牲のテストのための実験
動物として果してきた役割は、甚だ大きく、今後も一層重要な貢献をするものと期待さ
れる。したがって、私たちは、サル類の自然保護と実験動物としての有効利用の二面に
関し、妥当な認識を持ち、人類とサル類の生活にとって有益な知識をふやす研究に適正
な態度で従事することが必要であると考える。また、サル類を実験動物として使用する
際には、その飼育管理および実験手続きにおいて、動物福祉の観点からの充分な配慮が
必要である。
以下に提示する原則は、サル類をもちいる実験に際して、研究者が順守すべき態度の
基本に関わるものである。各研究機関において実験動物としてサル類を使用する研究者
は、この原則にもとずいて、それぞれの場所でさらに一層具体的な実験指針を作成し、
それを守って研究を進めなければならない。
1.実験の妥当性
サル類での実験は、それを実施する研究者の基本的意図が健康・福祉・文化の発展、
向上につながるものであることが明白であり、かつ、サル類を用いることによってのみ、
良くその研究目的が達成されると判断されるときに、おこなわれるべきである。また、
ひとつの実験に使うサルの数は、目的達成のために必要な最少限度の数とすべきである。
2.サル類の入手
実験に供用するサル類の入手に際しては、事前に納入業者との打合わせを正確におこ
ない、間違いのない手続、方法で受け入れねばならない。すなわち、国内生息の野生サ
ル(ニホンザル)に関しては、どの地域の出自群のサルであるかを質し、非合法的に捕
獲したものでないことを確認し、合法的に捕獲されたもののみを使用する。非合法的な
ものである場合には購入を断念し、出自群の中にもどすよう納入業者に勧告する。国外
からのサルの輸入に関しては、信頼の置ける輸人業者と契約し、かつ、ワシントン条約
を順守する手続きを経たうえで輸入されたものであるか否かを確認しなければならない。
利益目的の密輪や船員のペットとしての持ち込みなどによって国内に入れられたサルを、
それと知って入手し、実験に供するようなことをしてはならない。
なお、たとえ合法的であっても国内または国際的に問題点が指摘されている出自のサ
ルについては、その入手に慎重でなければならない。
3.検疫
野生サルを入手した場合には、サル類固有伝染病や人畜共通伝染病の罹患の有無およ
びそれらの病原体の存否についてできるだけ検査し、かつまた適切な処置をとるため、
一定の検疫場所(隔離施設もしくは隔離室)にサルを収容し、一定の検疫期間中(世界
保健機構の勧告では最低9週間)、一定の手続きに従いそこで飼育、観察、処置するこ
とが必要である。
4.サルおよびサルに関係する人の健康管理
実験に使われるサルは総て、サル類の疾病に関し充分な知識と経験のある技術者(で
き得れば獣医師)により、実験期間中のみならず、実験休止期間中も適切に健康管理さ
れねばならない。
また、サルの疾病にはヒトの疾病と共通するものが多いので、サルに関係する人の健
康管理も怠ってはならない。
輪入直後の野生サルが収容されている室にあってはサルからヒ卜への疾病の伝染を、
また、繁殖・育成されたサルが収容されている室にあっては人からサルへの伝染を、と
くに注意することが必要である。サル・ヒト間の疾病の伝染を防ぐためには、サル室へ
の入、退室に際して専用衣類の着脱および履物交換、手指の洗浄、消毒を励行すること
が是非必要である。
5.飼育環境
実験に供せられるサル類は、衛生的な、一定の環境下で、動物福祉に配慮しながらて
いねいに飼育されねばならない。屋内飼育の場合には、照明、空調を的確にすべきであ
る。屋外飼育の場合には防虫、防鼠の設備をし、かつ、強い日照、豪雨、雪、強風、低
温等からの避難場所を設けるべきである。
屋内での個別飼育ケージは、個々の種にふさわしい大きさとし、かつ、堅牢で、洗浄・
消毒を容易におこなえる形および材質のものでなけれはならない。群飼育ケージの場合
も収容する頭数にふさわしい大きさとし、堅牢で洗浄・消毒を容易におこなえるものと
することは個別ケージの場合と同じである。なお、群飼育ケージには2ケ所以上給餌箱
を取り付け、群内で順位の低いサルも間違いなく餌を採れるように配慮することが必要
である。
飲水は新鮮なものを毎日充分与えねばならない。また、新鮮で清潔な果物や一定規格
で品質のよいサル用固形飼科を毎日、それぞれのサル種およびそれぞれのサルの大きさ
に適した量だけ与えねばならない。
6.実験手技および処置
医生物学の動物実験手技や実験処置は、各研究者の創意と工夫に依って千差万別であ
り、そのいずれもが、それぞれの研究者にとっては必要不可欠なものであることは当然
である。しかしながら、一方において研究者は、その実験手技および処置によってサル
が与えられる苦痛を完全に無くするか、または、できるだけ少なくするよう工夫をこら
すべきである。またそれらの手技や処置を円滑におこなえるよう事前に自らをよく訓練
するとともに、サル自身をそれらの手技や処置に慣れさせることも必要である。実験遂
行上サルの身体を拘束せざるをえない場合には、拘束を必要最低限に止めるべきである。
また、長時間にわたり拘束せざるを得ない種類の実験を進める場合には、実験担当者の
みならず、周辺の人々からの理解と了解を得ることが必要である。なお、飼育管理の省
力化や取り扱いの容易さという理由だけで長期拘束をしてはならない。
7.安楽殺および死体処理
その実験が剖検およぴ内部諸臓器、組織の採取を必要とするときには、必ずサルを深
く麻酔し、安楽死させたうえでそれらの作業を遂行せねばならない。
また実験中であると否とにかかわらず、自然死例や事故によると思われる死亡例が発
生した場合には、成るべく速やかに死因解明のための病理学的検査をおこなうよう努め
ねばならない。また、考えられる死因に応じた措置を迅速にとることが必要である。
剖検を終了し、本原則8項第2の処置をとった後には、死体を慎重に包装し、焼却に付
す。
8.有効利用
貴重なサルを無駄なく有効に使い、1頭から得られるデータの種類および量を成るべ
く多くするとの観点から、研究者は、次の2点について充分配慮し、合理的態勢を組ん
で実験に臨まねばならない。
第1に、ある実験での使用が終った後も生存しているサルについては、その実験の後
作用が消失したと判断される時期に至ったならば、別の種類の妥当な実験に再利用する。
但し、有効利用を過度に重視し、サルに苦痛(たとえば大手術)をくり返し与えるよう
なことは、特別の理由のない限り、避けるべきである。
第2に、剖検後の毛皮、骨格、内臓、組織等については、妥当な研究および教育上の
需要に応じ、それらを使用者に的確、安全に配分する。このため、予め同一研究機関お
よび異る機関の研究者間で相互連路・通報ならびに配分のための組織を作っておくべき
である。
9.繁殖・育成
実験用サル類の給源を野生サルに求めることは、今後次第に不可能となる情勢にある。
したがって、実験用のサル類は総て人工条件下で繁殖・育成されたものにすることを目
標とした国家的および各機関ごとの方策の樹立、推進が必要である。実験動物としての
質の観点からみと、繁殖・育成されたサルは野生由来サルに比べて優れた点が多い。研
究者はこれらの点をよく認識し、まずそれぞれの場において、たとえ小規模であっても、
自らが使用するサル種の繁殖・育成の可能性を検討し、かつ、その組織的推進を心掛け
るべきである。
10.研究成果の取り扱い
サル類をもちいておこなった研究の成果は、公開の原則にしたがい、論文その他の適
切な形式で公表すべきである。そうすることにより、その研究の可否が多くの人々の批
判にさらされ、かつ、研究成果の利用が多くの人々にとって可能となる。このことは、
サル類での実験を、生命倫理的観点からみても正しく進めて行くうえで是非必要である。
なお公表に際しては使用したサルの種名および入手経路について明示せねばならない。
11.関連法規の順守
実験動物としてサル類を扱う研究者は「動物の保護及び管理に関する法律」(昭和48
年l0月1日、法律第l05号)の存在とその主旨をよく知り、それを順守せねばならない。
また、総理府で作成した「実験動物の飼養、保管等に関する基準」(告示第6号、昭和
55年3月27日)、地方自治体の関連条例および日本学術会議勧告(昭和55年11月5日)の
「動物実験のガイドライン」等についても認識を深め一層適正な態度で実験をおこなう
べきである。さらに、この種の問題に関連する、諸国際組織および諸外国の動向ならび
に指針からも学ぶぺきである。
12.監視機構の設置
以上の原則にのっとって、サル類の飼育管理および実験が適切におこなわれているか
否かを点検、審査するために、各研究機関はサル類の使用者以外の研究者も加えた常置
委員会を設置することが望ましい。