現在進行中のプロジェクト

 宿主は、ウイルス感染に備えて極めて高度な防御機構を進化させています。感染を感知する多彩なシステムを使ってインターフェロン(IFN)や炎症性サイトカインの産生を誘導し初期生体防御機構を発動させます。このような生体側の防御機構の進化に対して、ウイルスがなにもせずに進化しているはずはありません。1999年、私達と、英国、スイスの3つの研究グループが、相次いでパラミクソウイルスのアクセサリー蛋白質(VあるいはC蛋白質)の抗IFN能の存在を報告しました。それは、IFN誘導遺伝子の活性化(抗ウイルス蛋白質の発現)に導くJAK-STAT経路を阻害する活性でした(1)。その後ここ数年で、宿主の防御機構に対するパラミクソウイルスの多彩な対抗機能が急速に明らかになってきました。ウイルスの対抗機能や、それを担う対抗蛋白質が明らかになれば、対抗蛋白質を標的とした薬剤の開発、あるいは対抗蛋白質ノックアウトウイルスによる弱毒ウイルスの開発が可能です。弱毒化ウイルスは生ワクチンの有力な候補となります。また、ウイルスの対抗機能の進化を明らかにすることで、宿主の防御機構がどのように進化してきているのかをウイルス側から捉えなおすこともできます。
 私達は、パラミクソウイルスの基礎研究を牽引してきたセンダイウイルス(マウスパラインフルエンザ1型ウイルス)、そして最近、発見されたヒトメタニューモウイルスやニパウイルスを対象として、ウイルスの宿主自然免疫対抗機構の研究を行っています。

Project I : パラインフルエンザウイルスの基礎研究

 主としてセンダイウイルスを対象に研究を進め、宿主IFNシステムに対する多彩な対抗機能が進化していることを明らかにしてきました1。現在、明らかになっている機能は以下の3つです。
1. 細胞のIFN-β産生を抑制する機能
 ウイルスが感染すると、細胞内でウイルスゲノムの転写複製が起こります。その過程で生じる二重鎖(ds)RNAが、宿主分子MDA5やRIG-I分子により感知され、IFN-β遺伝子の活性化に至るシグナル伝達が活性化されます。このシグナル伝達経路をV蛋白質が阻害することを明らかにしました2。C蛋白質もIFN-β産生を抑制します。しかし、その機構はV蛋白質とは異なっているようです。
2. JAK-STAT経路の阻害
 細胞外に分泌されたIFN-βやIFN-αは、IFNレセプターに結合し、JAK-STAT経路を通じてIFN誘導遺伝子を活性化します。IFN誘導遺伝子の中には、PKRのような抗ウイルス蛋白質があってウイルス蛋白質の合成を阻止します。このJAK-STAT経路をC蛋白質が阻害します3。C蛋白質はSTAT1分子に結合しSTAT2のIFN刺激チロシンリン酸化を阻害しますが4, 5、どのようなメカニズムでリン酸化が阻害されるのかその詳細は明らかではありません。C蛋白質はIFN-γ刺激JAK-STAT経路も阻害します6。この阻害機構も完全には明らかになっていません7
3. 抗ウイルス蛋白質PKRが活性化されないようにする機能
IFN処理によって抗ウイルス蛋白質を誘導しておいた細胞においても、センダイウイルスは、十分なウイルス蛋白質合成を行う能力を持っています。この機構を検討する中で、C蛋白質はPKRの活性化(PKRのリン酸化)を阻害し宿主の翻訳機能が低下しないようにしていることを、最近、明らかにしました。
 現在、これらの阻害能力の基盤となる分子機構の解明と、新たな自然免疫回避機構の発見に努めています。また、IFNシステムの問題とは別に、C蛋白質には感染細胞のアポプトーシスを抑制する活性も見いだされており、この機構についての解析も進めたいと考えています。


Project II : ヒトメタニューモウイルスの病原性発現の機構

 パラミクソウイルス科ニューモウイルス亜科のヒトメタニューモウイルスは、2001年オランダのOsterhaus博士らによって発見されたウイルスです。同ニューモウイルス亜科RSウイルス(Respiratory Syncytial virus)と臨床症状から区別することは難しく、気管支炎、肺炎などの呼吸器疾患を起こします。基礎的な研究はあまり進んでいません。
 本ウイルスのゲノムには、センダイウイルスなどのパラミクソウイルス亜科で明らかになっている自然免疫対抗蛋白質VやC蛋白質がコードされていません。さらにニューモウイルス亜科RSウイルスの自然免疫対抗蛋白質NS1、NS2に相当する遺伝子もありません。したがって、独自の宿主自然免疫対抗戦略を採っていると考えられます。どのウイルス蛋白質がどのような方法で、対抗しているのでしょうか?現在、そのウイルス蛋白質の同定に向けた研究を開始しています。本ウイルスについては、将来、reverse geneticsの技術を確立し、より広範な側面から病原性の研究を進めたいと考えています。



Project III : ニパウイルスのアクセサリー蛋白質の機能

  1998年から1999年にかけて、マレーシアを中心に養豚業者の間で、致死性脳炎が発生しました。265人の発症者のうち、105人が死亡するという大惨事になりました。発症者の中には日本脳炎ウイルスの感染者も含まれていましたが、大部分は、ニパウイルスによる感染者でした。パラミクソウイルス亜科ヘニパウイルス属のニパウイルスは、エマージングウイルスです。感染者は、感染ブタの体液、尿などとの濃厚接触により感染したのです。ブタは、ニパウイルスの自然宿主であるコウモリから感染したと考えられています。2004年には、バングラディシュでも、ニパウイルス感染症(致死率60〜74%)が報告されました。
 ニパウイルスは、エボラウイルスとともにバイオセーフティレベル4で、ウイルス粒子を扱う実験は日本ではできません。したがって、研究は、もっぱら個々のウイルス蛋白質の発現実験に頼らなければなりません。一方、このような方法をとれば、個々のウイルス蛋白質に細菌毒素のような毒素活性はないので、実験者の安全性は確保できます。
 ニパウイルスの病原性もやはり宿主免疫応答からの回避機構が重要だと考えられています。実際、多くのパラミクソウイルスに認められるV蛋白質のJAK-STAT経路阻害能やIFN-β産生抑制能が明らかにされています。一方、ニパウイルスのC蛋白質には、センダイウイルスに見られるような明らかなJAK-STAT経路阻害活性は認められません。ニパウイルスのC蛋白質は、宿主自然免疫に対してどのような機能を持っているのでしょうか?C蛋白質の機能の解明を目指して研究を開始しました。本研究により、ニパウイルスワクチンや抗ウイルス薬の開発に役立つ有意義な情報が得られることを期待しています。また、同時に、一部のパラミクソウイルスが何故C蛋白質を持つようになったのかについての理解が深められることも期待しています。

【参考文献】
  1. Gotoh, B., Komatsu, T., Takeuchi, K., and Yokoo, J., Reviews in Medical Virology 12, 337-357, 2002
  2. Komatsu, T., Takeuchi, K., Yokoo, J., and Gotoh, B., Virology, 325, 137-148, 2004
  3. Gotoh, B., Takeuchi, K., Komatsu, T., Yokoo, J., Kimura, Y., Kurotani, A., Kato A., and Nagai, Y., FEBS Letters, 459, 205 -210, 1999
  4. Takeuchi, K., Komatsu, T., Yokoo, J., Kato, A., Shioda, T., Nagai, Y., and Gotoh, B., Genes to Cells, 6, 545-557, 2001
  5. Gotoh, B., Takeuchi, K., Komatsu, T., and Yokoo, J., Journal of Virology, 77, 3360-3370, 2003
  6. Gotoh, B., Komatsu, T., Takeuchi, K., and Komatsu, T., Virology, 316, 29-40, 2003
  7. Gotoh, B., Takeuchi, K., and Komatsu, T., FEBS Letters, 567, 291-296, 2004


センダイウイルス
 センダイウイルスはヒトに病原性がないとされています。医学部なのに、何故、ヒトに病原性のないウイルスを研究するのかという疑問を抱く方もいるのではないかと想像します。それには理由があります。ひとつは、センダイウイルスは、その発見から50年以上が経過し、膨大な情報の蓄積があること、さらに、研究方法論(in vitroからin vivoまでの実験系)が確立していることがあげられます。パラミクソウイルスの一般性のある仮説を検証するには、センダイウイルスは最も適したウイルスのひとつなのです。このことは、センダイウイルスの研究から、パラミクソウイルスに共通する一般性のある原理が数多く発見されてきたという事実からも理解できます。もう一つの理由は、近年、臨床研究や応用研究が重視される中で、このような基礎研究を絶やさない方がよいという判断です。例えば、2003年、突如として発生したSARS(Sever Acute Respiratory Syndrome)(重症急性呼吸器症候群)の原因ウイルスは、コロナウイルスに属することがわかりました。SARSが出現するまで、コロナウイルスは風邪症候群を起こすウイルスの一つにすぎず、臨床的にあまり重要視されていませんでした。この例でもわかるように、現在、すでに臨床的に重要となっているウイルスを研究しているだけでは、新興感染症に備えるのに十分だとは言えないのです。各科のウイルスの基礎研究レベルを高めておくことが最も重要で、そうした研究が、パラミクソウイルス科では、センダイウイルスの基礎研究なのです。

Reverse genetics
 合成したウイルス核酸からウイルス粒子を作り出す技術。T7ポリメラーゼを発現する組換えワクシニアウイルスvTF7-3を感染後、T7プロモータ下流にヌクレオカプシド遺伝子、RNAポリメラーゼ遺伝子、ウイルス全長ゲノムを配した4つのプラスミドをcotransfectionすることにより、細胞内でウイルスの全長RNAゲノムと転写複製に必要な蛋白質を供給し、ウイルスゲノムcDNAの配列を反映したウイルス粒子を回収する技術。


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