滋賀医科大学 動物生命科学研究センター 幹細胞・ヒト疾患モデル研究分野(依馬研究室)のホームページです

遺伝子改変カニクイザル作製技術の開発

 げっ歯類は解剖学的・生理学的にヒトに類似していることや、トランスジェニックおよびゲノム編集技術を用いた遺伝子改変技術と相性が良く、多くの有用なヒト疾患モデルマウスが作出されてきた。一方で、マウスとヒトには相当数の遺伝的な差が認識されており、オルソログと考えられる遺伝子でも、発現する組織が異なることもあり、機能的同一性が不明な遺伝子も多い。またパーキンソン病のようにモデルマウスがヒトと同じ病態を示さない事例が多く報告されるようになっている。このようなことから、よりヒトに近い実験動物である非ヒト霊長類における遺伝子改変疾患モデル動物の開発が待たれていた。
 我々は非ヒト霊長類の一種であるカニクイザルにおいて遺伝子改変系を立ち上げるために、先ずレンチウイルスベクターを用いて全身性にGFPを発現するトランスジェニックカニクイザルを作製する技術を確立した(Seita et al., 2016, 2019; 図1)。次に認知症をカニクイザルにおいて再現するために、家族性アルツハイマー型認知症で認められるSwedish、Arctic、Iberian 変異を導入したアミロイドβ前駆体タンパク質を発現するトランスジェニックカニクイザルを作製した(Seita et al., 2020; 図2)。今後、ヒトのアルツハイマー病と同様に、老人斑の出現から神経原繊維化の形成、神経細胞死へ進展し、認知症を発症するかどうかをこのモデルで確認する必要があるが、確認されればヒトのアルツハイマー病の進展機構を再現する世界初の動物モデルを得られたことになり、アルツハイマー病の発症メカニズムを解明し、治療法の開発に役立つことが期待される。
 一方、2012年に報告されたCRISPR/Cas9によって、受精卵ゲノムを直接遺伝子操作することでノックアウト(KO)動物を簡便に作出する事が可能となった。ヒト指定難病の一つである常染色体性多発性嚢胞腎(ADPKDとも呼ばれる)は、PKD1遺伝子をヘテロ欠損すると発症し、両側腎臓に多数の嚢胞が進行性に発生・増大する最も頻度の高い遺伝性嚢胞性腎疾患である。これまでのマウスを用いた研究から、Pkd1をヘテロ欠損させても殆ど嚢胞が発生しないため、Pkd1両側アリルへのヌル変異の導入によって嚢胞を発生させるモデルが使われてきた。我々は、カニクイザルPKD1エクソン4に1塩基多型が産地によって存在することを見出し、父親側のみ認識するgRNAを設計、父親アリルのみを効率的に切断することで、選択的にPKD1ヘテロ体を作出することに成功した(Tsukiyama et al., 2019; 図3)。得られたPKD1ヘテロ体の両側の腎に嚢胞の発生を認めるとともに、主として皮質に多発すること、遠位尿細管由来であることが示された。このような遺伝子改変カニクイザルを用いた疾患研究から、霊長類特有の嚢胞発生機序が判明し、根本的な治療法の開発に繋がっていくことが期待される。

霊長類初期発生過程の解明

 我々は、マウス初期胚発生過程において、多能性を有する細胞が出現する分子機構を解明してきた(Ema et al., 2008, Azami, 2017, Azami, 2019)。一方、霊長類の初期発生機構はげっ歯類とは大きく異なることが推察されている。例えば、ヒトとマウスの胎盤の解剖学的構造は大きく異なり、ヒト胎盤を構成する細胞性栄養膜細胞(cytotrophoblast)、合胞体栄養膜細胞(syncytiotrophoblast)、絨毛外栄養膜細胞(extravillous cytotrophoblast)がマウス胎盤を構成するどの細胞に相当するのかさえ不明であり、遺伝子発現も大きく異なっていることが判明している。また、マウスの胚盤胞期では、外側の栄養外胚葉が栄養膜幹(Trophoblast stem(以後TS))細胞の源となり胎盤に限局して分化する一方、内部細胞塊細胞は、胎子の全ての細胞に貢献するエピブラスト細胞と、卵黄嚢などの胚体外組織に貢献する原始内胚葉細胞から構成され、胎盤系列には貢献しないことが分かっている。しかし、霊長類においては、げっ歯類と同様に胚盤胞の栄養外胚葉細胞から胎盤組織が発生する一方、内部細胞塊から胎児組織が発生することが推測されているものの、技術的困難さからこれまで実験的検証がされてなかった。現在我々はカニクイザルにおける胎盤の起源を探索する研究を行っている(図4)。

血管新生の解明

 血管は血液中の酸素や栄養分を全身に送るだけでなく、癌の転移・増殖、炎症、加齢黄斑変性、および虚血性疾患などの病態とも深く関連している。こうした血管特有の機能は、血管内皮細胞にある程度の特異性を持って発現する遺伝子により制御されていると推測されているが、全容は理解されていない。そこで我々は血管新生の分子機構を理解するために、発生期の血管内皮細胞のトランスクリプトームを網羅的に取得することを試み、184遺伝子をリスト化することができたが約1/3が機能未知の遺伝子であった(Takase et al., 2013)。そこで、22遺伝子についてノックダウンsiRNAオリゴを設計してHUVECに導入し、VEGF存在・非存在下における管腔形成能を定量化した。6遺伝子のノックダウンが顕著な管腔形成能の低下を示し、9遺伝子が管腔形成能のマイルドな低下を示した。これらの遺伝子がヒト血管新生において機能するかをin vivoで検証することは困難であるため、遺伝子改変モデルマウスを用いた評価を行うこととした。Arhgef15、RhoJ遺伝子についてノックアウトマウスの作製および個体レベルでの解析を行ったところ、両ノックアウトマウス共に、網膜血管新生異常が認められたことから、我々のスクリーニング手法により生体内で血管新生に寄与する遺伝子が含まれていることが示され、現在さらに個体レベルでの解析中である(図5)。