つばめのお話

最近やっと朝晩とだいぶん涼しくなり、空気は透明度を増して、キンモクセイの香りがほのかに漂う季節になりました。あれだけ盛んに飛び回っていたキャンパスのつばめ達も、いつの間にか姿を見せなくなり、残されたつばめの巣達がひっそりと、どことなく寂しそうに主人の帰りを待っているようです。聞くところによりますと、最近は都市部でのつばめの数が大変減ってきているらしいのです。幸いにも我が家のある地域はとても都市部と言える場所ではなく、緑豊かな丘の上にあり、毎年のようにつばめが飛来しています。しかしなんといってもキャンパス内は『つばめ共和国』と言っても良いくらい、それは沢山のつばめ達が自由に大空を飛び回っていました。
日本国内には3属5種のつばめが繁殖しているらしく、列挙しますと、ツバメ、イワツバメ、コシアカツバメ、リュウキュウツバメ、ショウドウツバメなのだそうです。これらのうちツバメとコシアカツバメをキャンパス内で見ることができます。コシアカツバメは背中に赤茶色の帯があり、体格はツバメよりやや大きめで、尾も長く切れ込みが深いようです。また巣の形が異なり、ツバメはお椀型、コシアカツバメは徳利型をしています。この2種は必ず人工の建物に巣を作ります。果たしていつの時代からそのようになったのかよく分かりませんが、太古の世よりつばめ達の本能の中に、そのようにインプットされてしまったようです。何故つばめ達は民家などに巣を設けるのでしょうか。つばめ達の天敵はカラス、猫、ヘビといった動物たちで、この中でももっぱら問題なのはカラスです。つばめ達はこのような天敵から雛たちを守るために人間に協力を求めており、敢えて人のすぐ近くに住むことで、古来より効率よく繁殖してきたのです。つばめの繁殖時期になると、キャンパスでも住宅地でも商店街でも、色んな所でつばめの営巣を見ることができます。多くの場合、それが店舗のような場所であっても、ただ糞害対策のみ行って、つばめの営巣を皆さんは温かく見守っています。しかし心なく巣を破壊してしまう人も、一部には実際にいます。せっかく人を頼り夫婦で子育ての場所を決めたというのに、その信頼を裏切られたつばめ達の無念を思うと胸が締めつけられるようです。
私が今の住居に引っ越して来た翌年の春、我が家につばめが巣作りを始めました。ワクワクしながら巣が少しずつお椀型になっていく様子を毎日観察し、いよいよ抱卵に入ったと思った数日後、突然親つばめが姿を現さなくなりました。どうしたのかと不安に思っていましたところ、敷地内に一羽のつばめが横たわり、既に息絶えている姿を発見しました。ただもう呆然とするしかありません。そして夢中で眼などについている蟻を払いのけ、失意の中、涙を堪えながら土に帰してやりました。帰巣本能のあるつばめですが、このような状況ですから翌年にこの巣に姿を現すはずもなく、空き家のまま寂しく春が過ぎ去っていきました。さらにその翌年、7月に入ってつばめの夫婦が我が家の玄関ポーチに別の巣を作り始めました。一巡目の営巣にしては時期が遅くちょっと気になっていました。今回は孵化までたどり着いたのですが、この年の梅雨明けは大変遅く、季節はまだ梅雨のまっただ中で雨続き、雛達の餌を十分に確保できなかったのか、1羽、また1羽と雛達が巣の外に落とされていきました。もう玄関ポーチを見るのが恐ろしくて仕方がなかったのですがどうすることもできず、また雨の日、外出から帰宅すると、遂に最後の1羽までもがポーチに横たわり、親つばめの姿もなくなっていました。自然界は厳しいもので、弱く成長の見込めない雛は親の手によって排除されます。雛が落とされていてもまだ息のあることが多く、一旦は保護してやり、最後を見届けたのち、シトシト降る雨の中、その都度そっと土に帰してやり、静かに手を合わせました。こんな辛い季節の繰り返しでしたが、その翌春からやっと安定して雛が巣立って行ってくれるようになりました。カラスの襲来があると、親つばめが「ツピー、ツピー」とけたたましく鳴くので、早朝など私が家にいるときは直ぐに玄関ポーチまで飛んで行き、カラスが近づかないように見張ったりしました。カラスにしても生きることに一生懸命なだけで、決して彼らが悪いわけではありませんが、つばめ達に頼りにされている以上は、こっちとしても守ってやる使命があります。そんな年が数年続いたのですが、最近はちっとも家に来てきてくれません。毎年、フィリピンやインドネシアと日本を往復しているわけで、不幸にもどこかで事故にあったのか、病気になったのかなど考えたりします。
つばめが巣を作った家には幸福が訪れると言います。あの物語のように、ルビーやサファイア、黄金を運んで来てはくれませんでしたが、ただ来てくれること自体が幸せだったと思っています。そして今でも待ち続けているのですが、なかなか気持ちは通じないようです。そのオスカー・ワイルドの『The Happy Prince』は悲しくも心温まるお話で、日本語訳版では『幸福な王子』または『幸福の王子』として出版されており、読まれた方も多いのではないでしょうか。ただ、最後はハッピーエンドではあるのですが、キリスト教徒でなければその幸せさがピンと来ないかも知れません。また有島武郎の『燕と王子』という物語があります。もとは『The Happy Prince』ですが、単に訳しただけではなく、ストーリーがアレンジされており、私はこちらの余韻の方が好みで、きっと今も町中に幸せが響き渡っていることと想っています。

by 幸福なオヤジ

editor’s comment
『つばめ共和国』って良いですね。県内にこういう名前のテーマパークとまではいかなくても喫茶店くらいありそうです。力尽きたツバメ達を埋葬してあげる先生の尊い行いに感動しました。