夢と現実の境界線

 幼い頃の記憶は、夢と現実の区別がつかないことがよくありました。「従妹や祖父と一緒に旅行に行ったとこって、どこやっけ?」と母に尋ね、「何それ。従妹が生まれたのは祖父が亡くなってからやし。」と指摘されて矛盾に気がついたことがありました。高熱を出して寝ていると、ドアの向こう側から幾人もの金切り声が聞こえてきました。静かにするよう言っても、声はどんどん大きくなり、耳を塞いでも聞こえてくる。大きな声で助けを呼ぶが誰も来ないい。このような子供の頃の説明のできない怖い記憶は、おそらく夢だろうと思っています。
 あれは幼稚園に行く前の夏、当時習っていた少○寺拳法の合宿(私にとっては初めての外泊)で父方の墓地のあるS町のS代に行きました。昼は渓流での自由行動です。門下生は大学生から幼児までいましたが、私がほぼ最年少だったと思います。お兄さんたちは滝から飛びこんだり、サワガニを捕まえて遊んでいました。私はまだ泳げなかったのでお姉さんたちに手を引いてもらってバタ足の練習をしました。皆さん優しく相手をして下さり、楽しかったと記憶しています。
 夜はお決まりの肝試しです。いつも元気なお友達が泣いていて、師範に「男が泣くな」と怒られていました。師範に怒られた彼は更に激しく泣きます。ちなみに、稽古中も乱取りで殴られ泣いたら、泣かした子よりも泣いている子が怒られるような弱者を許さない道場でした。私はいわゆるお化けや幽霊というものを理解していなかったので、肝試しが怖いと認識していませんでした。特に恐怖を感じることなく、肝試しを終えてワゴン車の中にいました。師範は他の生徒の引率があるのでと言って、私と泣いているもうひとりを車内に残して出て行きました。車の窓から暗い山道を見ていると、数人の人影が”大きい何か”をもって崖の方に去っていきました。夜も更けていたので、眠い目でその様子を見ていました。肝試しが終わって、帰る頃には寝ていたと思います。
 ちょうど1年後の夏に親戚一同で、合宿をしたS代に墓参りに行きました。山道に何やら看板があります。「この辺りで白骨死体が見つかったらしい」と母が言いました。おそらく情報提供を求める看板だったと推測します。私は「”はっこつしたい”って何?」とその意味を聞き、とても怖くなりました。(合宿中にみた大きい何かと関係あるのだろうか…)。父は私が怖がっているのをとても面白がり、就寝前に「はっこつしたい」と言って怖がる私を見て笑っていました。眠る前に怖い話をされたので、悪夢にうなされたのでしょうか、肝試しの時の”大きい何か”は夢の記憶なのかもしれません。
 なお、警察庁の統計によると平成26年の行方不明者は81193人、所在が確認できた人は79269人(うち死亡4115人)だそうです。1924人はどこに行ったのでしょう。そういえば、記憶に残る夢を見なくなりました。悪夢でもいいから、夢を見るくらいの睡眠時間が欲しい今日この頃です。


by 胡蝶の夢

editor’s comment
真夏にふさわしく、格調高くもめちゃくちゃ恐ろしい話ですね。幼少期から厳しい道場での修行に耐え抜いたからこそ、先生の今がある!その辺のもやしっ子が先生に勝てる筈がありません!