心房細動を巡る最近の話題

滋賀医科大学 内科学講座(呼吸器・循環器内科)

堀江 稔

はじめに

 心房細動は、心房細動は心臓病のエンドステージとも考えられる心不全に合併することがあり、その治療を困難なものにします。また、心房細動自体が心不全の原因となるなど、やっかいな病態です。加齢と共に増加し、日常診療でもっとも頻繁にみられる不整脈です。米国の統計では、心房細動の罹患率は60歳以上で25人に1人、80歳以上では10人に1人とされ、また、本邦では、大阪大学・堀先生のアンケート調査による概算では、100万人、無症状者を入れると150万人にもなると推定されています。

 図1に示す、2000年度の厚生労働省の調査では、70歳以上の日本人男性の4%以上が心房細動に罹患していたとのことです。このように推定される罹患者数は滋賀県の人口にほぼ匹敵し、ほかの循環器疾患とくらべても決して少なくありません。さらに、心房細動は、脳血管障害の10〜20%に合併し、逆に重症の脳梗塞は、心房細動に伴う血栓の原因する、いわゆる心源性梗塞であることも問題となっております。すこし、旧聞に属しますが、有名な元野球監督が、心房細動による脳梗塞を起こしたニュースは広くマスコミ取り上げられました。

図1
図1 日本に於ける心房細動の罹患率。縦軸は%で横軸は年齢である。
(第4次循環器疾患基礎調査より作図)

レニン・アンギオテンシン・アルドステロン(renin-angiotensin-aldosterone: RAA系抑制は心不全におけるスタンダード治療

 このように心房細動と脳血管障害、心不全は切っても切れない関連がありますが、心不全治療は、昨今、急速な進歩を見せています。RAA系の抑制が心不全の原因となる左心室のリモデリングを予防し、ひいては心不全患者の生命予後を改善することが、多くの臨床治験から示されています。なかでも、ARB (Angiotensin Receptor Blocker)は、angiotensin 1 receptorを選択的に阻害することにより、angiotensinII (Ang II)のfinal common pathwayを断ち切り、より切れ味のよいリモデリング阻止作用があります。ACEI (angiotensin converting enzyme inhibitor)では阻害されないキマーゼ系を介したAngIIの関与が示唆されます。

 また、完全なRAA系の阻害を目指すには、シグナル伝達のより下流であり、心筋リモデリングにより直裁的に働くangiotensin 1 (AT1) receptorを阻害することが理にかなっています。Ang IIの受容体には、AT1とAT2がありますが、各種ノックアウトマウスの実験から、AT1とAT2受容体を介する反応は相反すること、AT1受容体が心筋肥大に働くのに対しAT2受容体は、これに拮抗的に作用することもわかってきました。したがってACEIによるAngII合成の阻害では、保護的に働くAT2受容体も抑制してしまうことになります。

 最近になって、ARBの慢性心不全におけるARBは少なくともACEIと同等の治療効果を挙げることが、Val-HeFT (Valsarta Heart Failure Trial)試験やCHARM (Candesartan in Heart Failure Assessment in Mortality and Morbidity)試験で証明されました。さらに、2003年になって、梗塞後の心室リモデリングに関しても、ARBがACEI(カプトリル)と同等な抑制作用をことが報告されました(VALIANT試験)。すなわち、急性心筋梗塞後の患者に投与されたバルサルタンは、総死亡と心イベント発症を有意に減少しました。このようにACEIのみならずARBによるRAA系抑制は心不全におけるスタンダード治療となりつつあります。このような状況を踏まえて、本邦で開発されたカンデサルタンは、昨年、慢性心不全に適応をとっています。

RAA系と心房細動

 さて、Ang IIの臓器障害は多岐にわたりますが、最近、心臓においても心室のみならず心房筋でも、心筋の進展(stretch)をトリガーとして、心房組織のRAA系が活性化されその線維化が促進されることが示されました。次いで、これは心筋の伝導不均一を起こして、心房細動が維持される解剖学的な素地を与えることになります(解剖学的な心房リモデリング1):図2)。心房細動は、いったん、発症すると経過と共に、その持続時間が長くなり最後には恒久化しますが、この現象をAllessieら2)は、Atrial fibrillation begets atrial fibrillation(心房細動は新たな心房細動を生む)と表現し、短時間でもこの不整脈に見舞われた心房では、不応期が有意に短縮することにより電気的に心房細動が維持され易くなることを報告しました。この現象は、短期のelectrical remodeling(電気的リモデリング)と命名されました(図2)。

図2 心房細動を維持するための心房リモデリング。3つの悪性サイクル。
Allessie et al. Cardiovascular Research論文(2002)より引用。

 この現象については慶応大学の先生方の興味深い検討3)があります。図3に示しますが、持続性心房細動で電気除細動を施行した15例で、除細動直後と24時間後に2度電気生理検査を行って心房筋の不応期を測定されています。多くの例で除細動直後より24時間後の方が不応期は延長しており、逆にいうと心房細動により不応期は短縮することが分かるわけですが、その短縮の程度あるいは除細動後の24時間の間に延長する度合いは、心房細動の持続時間が短いほうが、より大きいことが示されました。すなわち、電気的リモデリングは短期の心房細動では除細動により改善する(reverse remodeling)と考えられます。

図3 心房細動の持続時間と心房筋の不応期の関係。
すべてのグラフの横軸は15名の心房細動の持続期間を対数プロットしている。
縦軸は、左図では、除細動後、1時間の心房不応期、中央は24時間後の心房不応期で、 右図では、1時間後と24時間後の不応期の差である。
多くの症例で延長するためこの差は正の値をとるが、心房細動持続時間の短い症例のほうが、 より大きく延長する。

 3つ目の心房細動を維持するリモデリング因子として収縮性の問題があります。前述の電気的リモデリングが起こりますと、不応期が短縮してL型カルシウムチャネルのdown-regulationが起こって、このチャネルを介して細胞内に流入するカルシウム・イオンが減少します。その結果、心房の収縮力が低下し、さらに心房は拡大します。これは、心房筋の線維化や電気的特性の変化と合わさって、心房細動の重症化・慢性化に働きます(図2)。

 最近、このような心房リモデリングを阻止するupstream治療薬としてARBが注目されています。図4に模式的に現時点での心房細動の治療法を示しますが、従来の抗不整脈薬やβブロッカーが、現に起こっている不整脈を停止したり、その症状を軽減する、いわゆるdownstream治療薬であるのに対してARBは不整脈の原因となる素地(substrate)の発生を予防する、いわゆるupstream治療薬となり得ます。

図4
図4

 最初に、ARBが心房細動の再発予防に働くことを示したのは、スペインのMadridら4)です(図5)。かれらは、心房細動の除細動後の再発予防薬として、ヨーロッパで広く使用されているアミオダロンとこれに加えてARBのイルベサルタンを投与する2群に分けて、再発率を観察しています。興味深いことに、併用群において有意に再発が少なく、さらに、その効果は、除細動後の数週間で顕著です。

 
図5 イルベサルタンの心房細動の再発抑制効果。
Madrid et alのCirculation論文(2002年)より改変。

 ここで、Allessie先生の図2に示した心房細動における心房リモデリングの考え方に戻りたいのですが、従来、RAA系の阻害により心房の構造的なリモデリングが抑制され、結果として心房細動の再発が抑えられると多くの実験で報告されていました。しかし、Madridらの知見(図5)では、ARB投与症例ではアミオダロン単独投与例に比べて、非常に早期の(2〜4週)心房細動再発を抑制しています。このことは、ARBが心房細動発症の初期から起こる心房の電気的リモデリング(図2)の抑制にも関与している可能性があります。電気生理学的な方法を用いて、われわれは、この点について検討してみました。

AngIIは心房筋のKチャネルを活性化することにより、その不応期を短縮し心房細動の電気的リモデリングを促進する

 モルモット心房筋細胞に、AngIIを投与すると、心房筋の遅延整流Kチャネルを活性し、その結果、心房の活動電位を短縮することが観察されました5)(図6)。不思議なことに、このようなKチャネルの活性化は心室筋細胞では認められませんでした。このことは、心房でAngIIのレベルが増加すると、その不応期が短縮し心房細動を維持するように働くことを意味します。したがって、ARBは、この情報伝達機構を阻害することで、心房の電気的リモデリングを抑えて、心房細動の再発を予防すると考えられます。紙面数の関係で、その内容を詳細に紹介できませんが、興味のある方は是非わたくしどもの論文(下に引用)をお読みください。

図6 モルモット心房筋細胞に電流固定を行い活動電位を記録している。
AngII 100 nMの投与により活動電位は著しく短縮し、washoutにより元に戻るのが分かる。
多くの細胞でこれを確認しバーグラフにまとめたのが右の図である。

おわりに

 心房細動患者の30%に高血圧症が合併すると言われています。すなわち、高血圧の患者は心房細動の重要な予備軍です。図7に、わたくしの心房細動治療に関わるコンセプトを示します。発症する前から、リスクファクターを治療するARBの投与は心房細動のupstream治療ということができます。

図7 心房細動の病期ステージ分類と治療

文 献

1) Li D, Shinagawa K, Pang L, Leung TK, Cardin S, Wang Z, Nattel S. Effects of angiotensin-converting enzyme inhibition on the development of the atrial fibrillation substrate in dogs with ventricular tachypacing-induced congestive heart failure. Circulation. 104: 2608-2614, 2001

2) Allessie M, Ausma J, Schotten U. Electrical, contractile and structural remodeling during atrial fibrillation. Cardiovasc Res. 54: 230-246, 2002

3) Sato T, Mitamura H, Kurita Y, Takeshita A, Shinagawa K, Miyoshi S, Kanki H, Hara M, Takatsuki S, Soejima K, Ogawa S. Recovery of electrophysiological parameters after conversion of atrial fibrillation. Int J Cardiol. 79: 183-189, 2001

4) Madrid AH, Bueno MG, Rebollo JM, Marin I, Pena G, Bernal E, Rodriguez A, Cano L, Cano JM, Cabeza P, Moro C. Use of irbesartan to maintain sinus rhythm in patients with long-lasting persistent atrial fibrillation: a prospective and randomized study. Circulation 106: 331-336, 2002

5) Zankov DP, Toyoda F, Ding W-G, Matsuura H, Horie M. Angiotensin II potentiates IKs potassium current via AT1 receptors in guinea-pig atrial myocytes. Circulation 133: 1278-1286, 2006


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