| 1817年 | James Parkinson(1755/4/11〜1824/12/21, ロンドンの医師、地質学、化石研究者)が6人の患者の症例から「Essay on the Shaking Palsy 振戦麻痺」を発表した。 |
| 1868年 | しばらく埋もれていましたParkinsonの論文を、Jean Martin Charcot(P 1825〜1893)が再発見し、「la maladie de Parkinson」と命名した。症状に固縮が付け加えられた。 |
| 1888年 | Sir William Gowers(P 1845〜1915, イギリスの神経学者、病理学者、ロンドン大学の教授)がパーキンソン病患者のの姿勢異常のスケッチを教科書に記載した。仮面様顔貌で、手はpill rollingの振戦があると思われるような形を呈し、姿勢は前傾姿勢で歩幅は小さくなって歩いている。 |
1919年 | C.Tretiakoffがパーキンソン病の病巣が黒質であることを発表した。 |
| 1950年代 | 楢林らは、パーキンソン病の定位脳手術を開発し、視床破壊術や淡蒼球破壊術の先進的な技術の発展に尽力した。 |
| 1960年 | H.EhringerとOleh Hornykiewiczや佐野勇がパーキンソン病患者の線条体でドーパミン量が減少していることを確認した。 |
| 1961年 | Oleh HornykiewiczとWalter Birkmayer(1910/1/15〜1996/12/12, ウィーンの神経学者)がL-DOPA(carbidopa(Sinemet®))による治療を始めた。 |
| 1968年 | R.S.SchwabとEnglandは塩酸アマンタジンが、中等症のパーキンソン病患者の症状(筋固縮、振戦、無動)を改善することを確認した。 |
| 1969年 | Cotzias(米国)らはL-DOPAの内服の漸増大量投与によりパーキンソン症状に劇的な改善効果のあることを報告した。 |
| 1974年 | D.B.Calne がパーキンソン病にドーパミン作動薬ブロモクリプチン (商品名 パーロデル) を使った。 |
| 1992年 | Laitinenn(スウェーデン)は、定位脳手術による淡蒼球の内節の凝固破壊で、進行期パーキンソン病の治療。薬剤誘発性ジスキネジアの出現に有効。 |
| 1995年 | Benabid(フランス)らのグループが、両側の視床下核に脳深部刺激療法 DBSが有効であることを報告して以来、このDBSが世界に広がった。 |