嘘かもしれない生理学
  ----「視交叉における半交叉の意義」 
 生理学の教科書には、難しいことは書いてあるが、一見当たり前かもしれないことは書いてない。ここでは、教科書を隅から隅まで読めば当たり前と思えることを、簡単に説明したい。しかしそのすべてが正確であるかは不明である。
いつまでも覚えておくべき重要な知識!
 右半身に加わった触覚情報は左脳で処理される。
 視野右半分にある視覚情報は左脳で処理される。
「視交叉における半交叉」の学習のポイント
多くの教科書での「視交叉」の説明
網膜神経節細胞の軸索突起が視神経である。
視神経は視交叉を経て視索となり、外側膝状体と中脳視蓋前域および上丘に向かう。
網膜の内側部(鼻側)から出た視神経線維はすべて、視交叉部で交差する
網膜の外側部(耳側)から出た視神経線維は、視交叉部で交差しない

 視野欠損、外側膝状体、眼球優位円柱の図を見ると、視野右半分の情報が左脳に到達することはわかるはずであるが、・・・。
教科書で学習した学生に、半交叉の意義を聞くと
視交叉より網膜側で、片側の視神経線維が損傷すると、損傷側の眼の視野が欠損する。
視交叉より中枢側で、片側の視神経線維(=視索)が損傷すると、視野の損傷側と対側半分が欠損する。
下垂体腫瘍などで視交叉部の交差性線維が損傷すると、視野狭窄(両耳側性半盲)が起こる。

 教科書で生理学を勉強した学生は、上のような眼科の診断上重要な知識を丸覚えしている。
 しかし「視野右半分の情報が左脳で処理される。」という事実を理解していない学生が多い。
「半交叉の意義(?)」を理解しよう!
私たちは両眼で重複して、眼の前の景色を見ている。
視野右半分の像は、両眼の網膜半分に投影
眼の網膜左(=鼻側)の視神経線維→交差→左脳
眼の網膜左(=耳側)の視神経線維→→→→左脳
視野の右約半分の情報左脳で処理するために、視交叉部での半交差が必然となった。

「半交差」の解剖学的説明だけではなく、視野の右約半分の情報が左脳で処理されるという事実を知ると、「半交叉」を理解しやすくなる。


 感覚は、受容器に加えられたエネルギーが電気信号に変換されることに始まり、それらの電気信号がそれぞれの大脳皮質感覚野に到達したときに感じられる。

右手の上のリンゴによる触覚情報が左脳に届いた時、右手の上のリンゴを感じる!

 両手を少し開いて伸ばし、右手の上にリンゴを、左手の上にオレンジを乗せる。
 目を閉じても、右手の上には、表面がぶつぶつしているオレンジではなく、リンゴがあることを感じる。
  1. リンゴは右手の触覚受容器に起動電位を発生させ、
  2. 触覚線維を伝導する活動電位は右の脊髄後根から脊髄に入り、
  3. 右(同側)の脊髄の後索を上行し、
  4. 右(同側)の脊髄後索核で神経を乗り換えた後、交差し、
  5. 左(対側)の視床腹側基底核群を経由して、
  6. 左(対側)の大脳皮質体性感覚野にインパルスが到達すると、
     右手にリンゴが乗っていると感じる。
触覚伝導路には、1回交差がある。
 右半身に加わった触覚の情報は、左の大脳皮質で処理される。
視覚情報は左右どちらの脳で処理されるか?
 私たちは片目を閉じている時以外は、リンゴを右眼で見ているのか、左眼で見ているかは自覚していない。両眼でリンゴを見て、リンゴが視野の左側ではなく、視野の右側にあると認識している。
 しかし、サカナやトリの眼は頭の側面にあるので、右眼で見える世界と左眼で見える世界は違うだろう。
 オタマジャクシの眼も頭の側面にあるが、変態後して成体のカエルになると、頭の正面に眼が移動している。
☆オタマジャクシは頭の右側にある物体を左眼では見えない。
 顔の右側にある物体は右眼の網膜に投影され、網膜から出た視神経線維のすべてが視交叉で交差して、左の脳に到達する。
☆変態後の成体カエルは、視野中にある物体を両目で見る。視野の右半分にある物体は両眼それぞれの網膜の左側に投影される。
右眼の網膜の左(=鼻側)から出る視神経線維は、視交叉部で交差する
左眼の網膜の左(=耳側)から出る視神経線維に、視交叉部で交差しない線維が出現する。
右眼網膜からの交叉線維左眼網膜からの非交叉線維が視索を作り、左の脳に入る。
オタマジャクシの視神経線維は全交叉、成体カエルの視神経線維は半交叉
 しかし、視野の右にあるリンゴの視覚情報は左の脳で処理されることは一貫している。
オタマジャクシからカエルへと華麗なる変身(?)を遂げる時期に、非交叉線維が出現する現象は、非常におもしろい!!!

私たちは右手の上のリンゴを両眼で見て、視覚情報が左脳に届いた時、右にリンゴがあると認識する!
 ヒトの眼は顔の正面にあるので、眼の前の物体を両眼で重複して見ている。厳密に言うと、右眼では左眼よりも右側が広く見えるが、右眼と左眼の視野の右半分にリンゴが入っている場合、
  1. 両眼の網膜の左側にリンゴの像が投影される。
     その部位にある視細胞が過分極し、それらの情報は双極細胞を経由して神経節細胞が興奮する。
     神経節細胞の軸索が視神経として網膜から出る。
  2. 右眼網膜左側(=鼻側)にあるリンゴの情報を伝える視神経線維は視交叉部で交差し、左の視床外側膝状体(サル−2、3、5層)のニューロンとシナプス結合する。
  3. 左眼網膜左側(=耳側)にあるリンゴの情報を伝える視神経線維は、視交叉部で交差せず、左の視床外側膝状体(サル−1、4、6層)のニューロンとシナプス結合する。
  4. 外側膝状体から出た投射線維は視放線を作って、左の大脳皮質1次視覚野(主として17野)の第4層に終わる。1次視覚野には、右眼と左眼からの各入力を処理する眼優位円柱が交互に並んでいる。さらに高次の視覚中枢が働いて、ものが視覚的に認識される。
視覚の伝導路は触覚の伝導路よりも複雑そうに見えるが、基本的に同じ。
 半交叉視野の右半分の視覚情報は、左の大脳皮質で情報が処理される。
 両眼で眼前にある物体を見ることにより、物体を詳細に見ることができる。
 両眼視差があることにより、立体感、遠近感を持つことができる。
 両眼視野拡大に伴う非交叉線維の出現は必然であった!!

 何とも美しい生物の不思議、
  そして生理学はおもしろいですね!!!


用語
 視野 visual field:
  眼前の一点を見つめていて、それと同時に見える全範囲。
  ヒトでは、左右の眼の視野のかなりの部分は重複している。


参考資料
 中川真一:「カエルの変態期に網膜視蓋投射を変化させるメカニズムの研究」 [PubMed]

 矢倉徹、澤井元、福田淳: 「ほ乳類の視交叉 同側性視神経投射の形成のメカニズム」・(特集1 神経交叉を考える?)脳21, 5(1) : 1418-, 2002