生活習慣病予防の視点:大規模長期追跡調査 NIPPON DATA80 の知見より

滋賀医科大学福祉保健医学講座、
上島弘嗣

T. はじめに

 循環器疾患基礎調査はほぼ10年おきに、わが国の循環器疾患の動向を把握しその対策を有効に講じるための基礎資料を得る目的で実施されてきた。これは、国民栄養調査の対象者で30歳以上に限定して国民栄養調査の項目に追加する形で実施されてきた。著者らは、1980年の循環器疾患基礎調査が実施されて10年を経過した段階で、日本循環器管理研究協議会(理事長 飯村 攻 札幌医科大学名誉教授)の事業として、1994年にわが国で初めて、行政の断面調査をベースにして追跡調査が行われることになり、全国の保健所の協力を得て追跡調査を実施した。現在、1990年のコホートも含め、それぞれ、19年、10年の追跡が完了した。ここでは、その追跡調査の実施経過とともに得られた知見より、生活習慣病の予防にとって重要な要因について述べる。

U. 国民の代表となる集団の追跡目的

 本研究は国民を代表する集団の追跡調査成績であることと、その対象の1980年、1990年はそれぞれ1万人(NIPPON DATA80)、8000人(NIPPON DATA90)という規模の大きさに特徴がある。1994年にはじめて後ろ向きに1980年の厚生労働省の循環器疾患基礎調査を追跡調査として、生死の予後と65歳以上の高齢者に対する日常生活動作能力(ADL)を追跡することとなった(図1)。
 総務庁に指定統計の目的外使用を申請し、全国の保健所へ調査協力の依頼を行い、短期間の間にコホート研究としての成立させることができた。循環器疾患、癌による死亡の危険因子やその他の主要な死因の危険因子を検討できたという点が大きな成果であった1-4)
 追跡率は、図1に示したようにそれぞれ91%、97%を得た。また、日本を代表する65歳以上の集団のADLや生活の質についての状況を明らかにすることができた。


図1 NIPPON DATAの研究デザインと経過

V. 軽症高血圧の重要性

 高血圧の影響を検討するために、米国高血圧合同委員会第6次報告書にしたがって、血圧値から6群に対象者を区分し、その後の循環器疾患死亡率を検討した。表1にその血圧区分別の男女別追跡人数、年齢、血圧値、Body Mass Index (BMI, kg/m2)、血清総コレステロール値、喫煙率、飲酒率、降圧薬治療率、等を示した4)。6群は、グループIの至適血圧群(収縮期血圧<120mmHg, 拡張期血圧 <80mmHg )からVI群の収縮期血圧 180mmHg 以上あるいは拡張期血圧 110mmHg 以上である(表1)。男性では、血圧区分が高くなるほど、年齢、血圧値、BMI、飲酒率、糖尿病有病率、降圧薬服用率は高かったが、女性では、男性と異なり血清総コレステロール値が高く、飲酒率は高くなかった。


表1 血圧区分別の調査開始時所見、NIPPON DATA80, 1980年、日本国民のランダムサンプル

 表2に示したものは、血圧区分別の追跡人年、死亡数、年齢調整総死亡率、年齢調整循環器疾患死亡率、年齢調整心疾患死亡率、年齢調整脳卒中死亡率である4)。重度高血圧群VIの人数は6群の中では多くなかったが、リスクが高く多くの死亡者がでた。また、その内の40%を超えるものが循環器疾患死亡であった。
 重症の高血圧は循環器疾患に対する相対危険度は高いが(表2)、そのような重度の高血圧者は多くない(表1)。逆に軽症の高血圧者はその人数も多い。したがって、軽症高血圧IV群による脳卒中過剰死亡を計算すると男性では48%、女性16%に及んだ。すなわち、軽症も含めた高血圧対策が重要であり、米国高血圧合同委員会が収縮期血圧 120mmHg を超えるもの、あるいは拡張期血圧 80mmHg を超えるものであり、かつ高血圧でないものを高血圧予備軍としてあつかったことにもその意味がある5)


表2 追跡人年および10万人年あたりの年齢調整死亡率、血圧区分別、1980年からの14年間の追跡調査

W. 高コレステロール血症と低コレステロールのリスクの意義

 NIPPON DATA80は図2に示すように、虚血性心疾患のリスクとしての血清総コレステロールの意義を明確にした3)。わが国では虚血性心疾患は世界の先進工業国の中ではもっとも低い国の一つであるが、血清総コレステロール値の上昇は虚血性心疾患による死亡の危険度を段階的に上昇させることは間違いない。


図2 血清総コレステロール区分別の冠動脈疾患死亡リスク、男性4035人14年間の追跡、NIPPON DATA80

 高コレステロール血症と反対の低コレステロール血症の問題についてはどうであろうか。NIPPON DATA80の成績は、コレステロール値の低い集団は総死亡率が高いことが明らかとなった 3)。この原因は癌による死亡が低コレステロール群に多いことによった(図3)3)。NIPPON DATA80の成績を引用して、単純に血清総コレステロール値を下げることは危険であるとの論議があるが、我々は単純にそのようには考えていない。それは、低コレステロール群に肝臓疾患による死亡が多く、肝疾患による死亡を除くと低コレステロールと癌の関連性は消失するからである3)。したがって、この問題にはさらなる実証がいるが、われわれは低コレステロール群に癌による死亡が多いことは、因果の逆転が生じている可能性がむしろ大であると考えている3)
 しかし、スクリーニング後の低コレステロール者に癌が多く発症し死亡することに間違いはなく、低コレステロール者には栄養状況の点検とともに、癌が存在しないかの注意深い観察が必要である。


図3 血清総コレステロール区分別の全癌死亡リスク、男性4035人、女性5181人の14年間の追跡、NIPPON DATA80

X. 喫煙の循環器疾患および癌への影響

 喫煙が心筋梗塞の危険因子であることは、わが国の疫学調査でも古くからしられている。しかし、脳卒中の危険因子であることを示した成績は乏しい6)。NIPPON DATA80は明瞭に喫煙の脳卒中死亡リスクを明らかにした。
 喫煙が癌とくに肺がんの危険因子であることはよく知られているが、わが国では平山のコホート研究以来、他のコホート研究で同様の研究結果は今まで報告されていなかった。この点においても、NIPPON DATA80は平山の知見を再確認し、男性の毎日1箱吸う喫煙者では肺がん死亡のリスクは非喫煙者に比して6倍であった2)


図4 喫煙と肺癌死亡率の関連の強さ19年の追跡、NIPPON DATA80

Y. ADL低下に与える脳卒中、骨折の影響

 NIPPON DATA80,90は追跡時に65歳以上出会った生存者にたいして、ADLと生活の質(QOL)を調査した。寝たきり予防の観点からすると超高齢に至らない時期でのADL低下を防ぐことが最も重要であるが、NIPPON DATAの成績は、ADL低下要因における脳卒中と骨折の重みを明らかにした7)。すなわち、脳卒中によるADL低下の人口寄与危険度(ADL低下者の内、脳卒中によるものがどれだけか、脳卒中がなければADL低下者はどれだけ減少するかを示す指標)が男性では54%、女性では21.7%であった。また、女性の骨折によるADL低下の人口寄与危険度は、30.4%であった。このことより、ADL低下予防、ひいては寝たきり予防に脳卒中予防がいかに重要であるかを示した。


図5 男女別にみたADL低下に対する脳卒中及び化し骨折の人口寄与危険度割合

Z. 終わりに

 国民を代表する集団特性を有するNIPPON DATA80は、厚生労働省が国民の健康維持と増進のために定めようとしている施策の基礎資料となった。特に、健康日本21の基礎資料としての利用価値が大であった。本コホート研究は、血圧と循環器疾患、喫煙・飲酒と循環器疾患をはじめとして、肥満度、血糖値、血清総コレステロール値等さまざまな要因と、総死亡、循環器疾患やその他の死因、ADL・QOL低下との関連などが分析可能な総合的なコホート研究となった。

文献

  1. 上島弘嗣(研究班を代表して).第31回日本循環器管理研究協議会総会記録 特別報告 1980年循環器疾患基礎調査の追跡調査(NIPPON DATA)、日循協誌 31;231-237、1997.
  2. 川南, 他.喫煙習慣の全死因、がん、肺がん死亡への影響に関する研究:NIPPON DATA80.日本衛生学雑誌 57:669-73,2003.
  3. Okamura T, et al. What cause of mortality can we predict by cholesterol screening in the Japanese general population? J Intern Med 253:169-80, 2003.
  4. NIPPON DATA80 Research Group. Impact of elevated blood pressure on mortalitynfrom all causes, cardiovascular diseases, heart diseases and stroke among Japanese: fourteen year follow-up of randomly selected population from Japanese: NIPPON DATA80. J Hum Hypertens 17:851-857, 2003.
  5. Chobanian AV, et al. Seventh report of the Joint National Committee on the Prevention, Detection, Evaluation, and Treatment of High Blood Pressure : the JNC 7 report. JAMA 289: 2560-72, 2003.
  6. 上島弘嗣.  脳卒中危険因子としての喫煙: 脳血管障害―臨床と研究の最前線、医学のあゆみ 別冊、東儀英夫編、p35-39, 医歯薬出版、東京、2001。
  7. Hayakawa T, et al. Prevalence of impaired activities of daily living andnthe impact of stroke and lower limb fracture in elderly persons in Japan. CVD Prevention 3:187-194, 2000.