さざなみ44(図書館報) 滋賀医科大学附属図書館

  シリーズ本との出会い(9)
わたしは方向性のない雑学者

法医学講座 教授 西 克治

 法医学に身を置いていると、世の中の裏側を 知ることになってしまい、鑑定書作成が常とな る。文書作成の訓練を受けるためか、もの書き が多く、鑑定事例を紹介する本が結構出ている。 推理小説家の法医学事項相談役で、ご自身も「死 にかたが分からない」などを執筆された先生が いたり、最近では、講談社から椹野道流(ふし の みちる)としてデビュ−し、二足の草鞋を 履いている若手女性法医学者もいる。一方で、 「きらきらひかる」や「監察医SAYOKO」 などの法医ものが漫画界で出版され好評の様で ある。世に法医学の存在を知らしてくれている 最近の出版界の状況はある一面では愉快と感じ ている。

 文筆能力に全くかけているわたしはというと 本好きのこどもであったらしい。記憶にある最 初の本は、ロビンソンクル−ソであった。その 後は、ご近所の払い下げの少年少女文学全集で 二都物語などを読んでいた。ただ、母親買い与 えの世界文学全集はいまだに手付かずのままで あることから、長編小説は苦手で、もっぱら短 編小説それも、推理小説が好みであったらしい。 これも法医にいる遠因であろうか。

 夏休みの読書感想文は苦手であった。ふんふ んと納得するだけで、自分の意見など全く出て こなかったからである。これは、大学進学後も 続いていた。英語Iの原著小説の読後感想文未 提出で単位が足らなくなり、進学課程2年生の 後期は英語の講義にのみ出席していた。自宅通 学生であったため、家にいるのも所在なく、田 圃の中に建てられた進学課程とて、周囲に出か けるところもなく、進学課程図書館分室で田山 花袋などの小説を読んで過ごしていた。古本店 通いをしていたのもこの頃である。

 高校生の時には、どうしたことか六法全書が 愛読書であった。行政関係法を読みあさり、住 宅地に存在した工場の増築問題に絡んで、建築 基準法に基づく公聴会を開催してもらったこと もある。大学専門課程でも、医学書よりも法律 書を読んでいることが多く、購入するものは刑 事訴訟法や民事訴訟法の解説書や医事法制関連 のものに傾いていた。こうじて法医学にはまり 込んでしまうこととなった次第である。この点 からは、私が出会った一冊の本とは「六法全書」 でありそうです。

 ところで、死体の研究をしているのは法医学 だけではないことを知っていただきたい。昆虫 学者に教えを請いに行き、昆虫も死ぬと硬直す るんです、といわれたときの驚きは今も新鮮で ある。死後の変化である死体の筋肉の軟らかさ や弾力性、タンパク質の分解とアミノ酸遊離、 発酵などの研究をしている人々は水産学や畜産 学の一つの分野を占め、動物の死体現象と魚や 肉の味、あるいは歯触り、歯応えに関連して多 くの研究、論文、著作が公表されている。さか なのミイラは鰹節であるが、これを好物にして いる鰹節虫や動物の腐肉を始末するシデムシ (死出虫)はヒトの死体も好物で、昆虫学や法 医学の研究対象である。法医学では、溺死の証 明のため植物性プランクトンの知識も必要にな る。雑学であり、何事にも興味を示さなければ ならないのが法医である。この法医の興味に応 えてくれそうなのが図書館である。

(にし かつじ)
シデムシ

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Last updated: 1999/2/16