Introduction

生化学・分子生物学講座(分子生理化学部門)教授  縣 保年

 私は2013年7月に滋賀医科大学に着任し、御挨拶させていただきましたが、それから大分時間が経過しましたので、改めまして近況報告をさせていただきます。まず2018年10月に、私の恩師である京都大学の本庶 佑先生がノーベル生理学医学賞を受賞されました。大学院生としてPD-1研究のスタートに関与できた身としまして感激に堪えず、心よりお祝い申し上げます。本庶先生の御研究の益々の御発展を祈念しております。

 一方、私たちの研究はその間に大きく変遷致しました。私たちは、T細胞受容体(TCR)遺伝子の組換えに着目し、そのエピジェネティックな制御機構について研究を行って来ましたが、2014年からTCR遺伝子をiPS細胞に導入し、そのiPS細胞からがんを殺傷できるT細胞を再生する研究を、京都大学ウイルス・再生研の河本 宏先生との共同研究として進めて来ました。まったく新しいプロジェクトで、立上げに時間がかかりましたが、研究が実を結び始め、2020年4月と9月に河本研から共著論文が発表されました。また寺田准教授と河本研の永野先生が進めて来た、ゲノム編集とカセット交換法を用いてTCR遺伝子を効率よく導入する方法の開発に成功し、特許を取得することができました。これらのプロジェクトにより、河本先生が代表として2019年から採択されたAMED先端的バイオ創薬等基盤技術開発事業「超汎用性即納型T細胞製剤の開発」の分担研究をしています。日本でもCAR-T細胞療法が開始され、細胞を薬として利用する細胞医薬、あるいはデザイナー細胞の開発という新しい領域が立ち上がろうとしていますが、この事業はまさにそれを先取りするものであります。現在、特任助教の近藤君を中心に研究を進めています。

 一方、マウスとヒトの免疫系には大きな違いがあり、がん免疫療法の評価には非ヒト霊長類の動物モデルが必要です。滋賀医科大学は全国有数のカニクイザルの研究施設であり、MHCが一致したサルを有している強みがあります。実際に、疾患制御病態学講座と生物学講座との共同研究として、カニクイザルの腫瘍細胞をMHCが一致したサルに移植するがん移植モデルを用いた研究を行って来ましたが、腫瘍に浸潤するT細胞の性状を解析した論文が2020年5月に生物学講座から発表されました。私たちも、腫瘍浸潤T細胞から、腫瘍細胞を殺傷することができるTCR遺伝子を同定することに成功し、現在論文化しようとしています。また動物生命科学研究センターの御協力により、最新の遺伝子改変技術を用いたがんモデルサルの作出も進めており、既に1頭の遺伝子導入サルを得ております。このように本学では講座間の垣根が低く、緊密な共同研究体制を迅速に構築できるメリットがあり、たいへんありがたく感じております。この場をお借りしましてご支援いただいている先生方に感謝申し上げます。

 そのような中で、2016年4月から当研究室に泌尿器科から大学院生として参加してくれた永澤さんと、特任助教の富松さんのがんばりによって、がん細胞の遊走や浸潤を促進するMANCRというlong non-coding RNAを同定し、2020年3月に論文を発表することができました。この論文により、永澤さんは2020年8月の学位審査会を経て無事、博士号を取得されたことは、たいへん喜ばしいことでした。さらに、これまでD-アミノ酸の研究や講義・実習で中心的な役割を果たしてくれた田中助教(学内講師)が、滋賀短期大学の教授として2021年4月に御栄転されるという喜ばしい出来事がありました。新しい環境での御活躍を祈念しております。それを受けまして、私たちの研究に参加していただける助教、あるいは特任助教1名を募集することになりました。また大学院生(奨学金給付)も募集しています。(まずはお気軽にメールでお問い合わせ下さい。詳細はRecruitmentを御覧下さい。)また現在、4人の学部学生さんが研究医養成コースの登録医コースなどで研究を行っています。このように日々、楽しく実験、研究を行っております。今後とも御指導、御鞭撻のほどをどうぞよろしくお願い申し上げます。

令和3年6月

                                             縣 保年

(写真は、私が2021年4月に京都大学で非常勤講師として免疫学の講義を行った後、本庶先生の記念碑に立ち寄ったところ、京都大学のホームページの撮影をしておられた本庶先生に偶然お会いすることができ、御一緒に撮らせていただいたものです。)

経歴

1984年3月 静岡県立静岡高等学校卒業 1990年3月 金沢大学医学部医学科卒業 1994年3月 京都大学大学院医学研究科博士課程修了(本庶 佑教授) 1994年4月 京都大学遺伝子実験施設 助手(清水 章教授) 2000年9月 カリフォルニア大学サンディエゴ校に留学(Cornelis Murre教授) 2003年4月 京都大学大学院医学研究科 先端領域融合医学研究機構 科学技術振興助教授 2007年4月 大阪府立母子保健総合医療センター研究所 主任研究員(柳原 格部長) 2008年4月 京都大学大学院医学研究科 感染免疫学講座免疫細胞生物学 助教(湊 長博教授) 2009年4月 同 准教授(湊 長博教授) 2013年7月 滋賀医科大学 生化学・分子生物学講座(分子生理化学部門) 教授