メッセージ
私たちは生理学的手法に限らず、生化学・分子生物学・ゲノム科学などの方法論を融合して、新しい研究に挑戦しようと燃えています。神経発生や脳の再生医学、あるいは精神疾患の病態解明に興味のある人に、是非加わっていただきたいと思います。これまでの経験は問いません。
世界中の研究室と競い合うのは時に厳しい面もありますが、世界に先駆けて研究成果を発表できたときには、何ものにも代えがたい喜びがあるということを知ってもらいたいと思います。
研究内容
神経幹細胞は、自己複製能と多分化能を併せもった、未分化な細胞です。胎生期の脳では、まず指数関数的に増殖して数を増やし、次いで大量の神経細胞を産生します。胎生後期になるとオリゴデンドロサイトの前駆細胞を産み出し、生後の脳ではアストロサイトを産生します。このように、神経幹細胞は脳における主要な3種類の細胞、すなわち神経細胞・オリゴデンドロサイト・アストロサイトの供給源なのです。
では、これら神経細胞やグリア細胞を産生して、脳を構築する役割を終えた神経幹細胞はどうなるのでしょうか?実は、ヒトを含む哺乳類の成体の脳にも、神経幹細胞が存在し続けることが最近分かってきました。成体脳の神経幹細胞は、齧歯類では嗅球や海馬歯状回に新たな神経細胞を供給し続けています。特に、記憶を司る海馬の歯状回において、齧歯類では毎日数千個の新たな神経細胞が加わっていると考えられています。私たちはこれらを、神経幹細胞ー神経細胞新生システムと呼んで、精力的に研究しています。
成体脳の神経幹細胞ー神経細胞新生システムの役割や機能については、まだ分からないことが数多くあります。嗅球における新生神経細胞は、傷ついて脱落した神経細胞の修復などを介して、嗅覚に関与すると言われています。一方、海馬の歯状回の神経細胞新生は、特殊なタイプの記憶形成や短期記憶を長期記憶に変換する過程に関与するという報告があります。また、神経幹細胞ー神経細胞新生システムは精神的ストレスによって減少し、逆に学習・運動や変化に富んだ環境下での飼育によって増加することから、動物の情動にも深く関与すると考えられています。
それでは、ヒトの脳にはどれくらいの神経幹細胞が存在するのでしょうか?成人の脳室下層にも、未分化マーカーであるNestinやMusashiなどを発現し、分裂能をもつする神経前駆細胞が存在することは報告されていました。さらに、冷戦期の核爆発実験によって大気中に放出された放射性物質を利用した巧妙な研究により、成人の海馬では、1日当たり700個程度の神経細胞新生が起きていることが判明しました。少ないように見えるかもしれませんが、海馬歯状回の神経細胞のほとんどが、一生のうちには入れ替わる数に相当します。加えて、精神疾患の患者さんでは、海馬歯状回における神経細胞新生が減少していることが報告されました。
私たちも、神経幹細胞ー神経細胞新生システムと動物の情動との関係には興味をもって研究しています。このような研究は、私たちの気分がどのように形作られているのかという点から興味深いのみならず、気分障害などの精神疾患の病態解明にも役立つと考えているのです。
研究プロジェクト
現在進行中の研究プロジェクトは ...
1. DNAの脱メチル化機構
2. 未分化神経幹細胞誘導機構
3. 神経幹細胞の維持・分化
4. オリゴデンドロサイト誘導
5. ストレスと神経幹細胞
6. 成体脳神経幹細胞と情動
7. 糖鎖と幹細胞機能