令和2年3月10日
滋賀医科大学長 塩田 浩平(しおた こうへい)

本日ここに、令和元年度滋賀医科大学卒業式ならびに第2回学位授与式を挙行できますことは、本学にとって大きな喜びであります。

医学科を卒業される110名、看護学科を卒業される66名の皆さん、ご卒業おめでとうございます。6年間、または4年間の学業を終えてこの日を迎えられたことに、心より敬意を表します。皆さんは、本日学士を得て卒業されるわけですが、ここに至ったのは、もとより皆さん自身の努力によるものでありますが、同時にこれまで皆さんを育て支えてくださったご家族の方々、そして皆さんを指導し励ましてこられた先生や友人のおかげでもあります。そのことに改めて感謝していただきたいと思います。

誠に残念なことは、世界的に流行している新型コロナウイルス(COVID-19)の感染が広がっている状況下で、折角のこの式典にご来賓や皆さんのご家族のご列席がかなわず、簡素な式にせざるを得なかったことであります。

昨年11月に中国で発生した新型ウイルス疾患が日本を含む多くの国に蔓延し、世界的に重大な問題になっています。医学は古典的な感染症である天然痘や結核を克服してきましたが、近年になってもいわゆる新興感染症が次々と現れ、エボラ出血熱(1976)、AIDS(後天性免疫不全症候群、1981)、重症急性呼吸器症候群(SARS、2003)、高病原性鳥インフルエンザウイルス(2005)などが人類を苦しめています。いま、新型コロナウイルスが現れ、新たな問題になっています。

一方で、近年における医学・医療の進歩は目覚ましく、画像診断、ロボット手術、癌の免疫療法、再生医療など、臨床での新しい可能性が大きく広がっています。今後、人工知能(AI)やロボット技術が医療の現場に様々な形で入ってきますし、新しいメカニズムの医薬品の開発も続きます。医療や看護のあり方が今後大きく様変わりすると予想されます。

こうした事柄に象徴されるように、皆さんが大学で学んだ知識はこれまでに確立された内容が中心で、いわば医学・看護学の基本にすぎません。皆さんはこれからの臨床で、しばしば教科書に書いてない病像や新しい病気に遭遇します。同じ疾患であっても、患者さんや病期によってその症状は一様ではありません。いいかえれば、臨床の仕事は、一人一人の患者さんがすべて応用問題なのです。プロフェッショナルとなった皆さんを支えるのは、これまでの勉強に裏打ちされた自信と絶え間ない自己研鑽であります。言うまでもなく、医師、看護師、保健師、助産師などの職業は厳しく、大きな責任と強い倫理観が求められます。ぜひとも、病める人々を救い人類の健康や福祉の向上に貢献するという仕事に誇りを持ち、常に努力を怠らず、それぞれの立場で存分に力を発揮してください。

次に、大学院博士課程を修了し博士の学位を取得された16名、論文審査に合格して博士学位を取得された5名、修士課程を修了し修士の学位を取得された7名の皆さん、おめでとうございます。皆さんは、それぞれの研究テーマを追究し、立派な論文にまとめられたわけですが、ここに至る道のりは必ずしも平坦ではなかったと思います。研究を続けていると、思ったように進まず、予想外の困難に遭遇することがしばしばあります。また、日夜を分かたず実験に没頭したことも少なくなかったでしょう。皆さんはそうした試練を乗り越えて研究を達成し、今日を迎えられました。そのことに誇りを持っていただきたいと思います。皆さんが研究に打ち込んだ数年間の経験と自信は、今後皆さんが研究の場にあっても医療・看護の臨床現場にあっても、必ずや自分を支えてくれます。大学院時代に身につけた研究的態度を忘れることなく、日々研鑽を続け、それぞれの道で活躍されることを期待いたします。

いま、医療や看護の環境が大きく様変わりしつつあります。人口構成の急速な変化、医療の高度化、患者安全の重視などに伴って、医療機関の機能分化、病院機能の集約化が避けられません。また、地域包括ケアが進み、多職種協働が重要になってきます。特に、看護師、保健師の仕事が重要性を増し、活動の場が広がってくると考えられます。本学の卒業生が患者さんや地域から信頼される医療人として活躍している様子を見聞きすることは、我々にとって大きな喜びであります。

私は、今年の卒業生のアルバムに「忘己利他(もうこ・りた)」という言葉を贈りました。これは、本学も縁の深い比叡山延暦寺の開祖伝教大師最澄の「己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり」という言葉からとったのですが、「自分のことは後にして、まず人の為に尽くす、それは仏さまの行いで、そこに幸せがある」という意味の言葉です。皆さんは、医療に関係した進路を選んだときに、人の役に立つ、病気で苦しむ人のために働く、ということを決意したはずです。その初心を今一度思い出し、自ら納得できる人生を送るよう、決意を新たにしていただきたいと思います。

一方で、医師を中心とした医療関係者の過重労働が社会的な問題になっています。その背景には、医師の偏在、医師不足がありますが、医療者が健康で万全な状態で診療や看護に当たるのは、医療の質や患者安全を確保する上で不可欠の要件であります。今後、社会的環境や法の整備が進むことを期待しますが、ぜひ皆さん一人一人が心身の健康を保つことに留意し、医療の仕事を楽しみながら生き甲斐を追求するように心がけてください。

私は、医学科の皆さんが入学したときに学長に就任し、今月末で6年間の任期を終え、退任します。皆さんと同じ時期を学長として過ごしました。大学運営や教育の改革に取り組んできましたが、学生の学びの環境、アメニティ、キャンパス整備が遅れており残念です。学習やOSCEのためのスペースはようやく来年度の改修工事でめどが立ちましたが、卒業する皆さんの間に合わなかったことを申し訳なく思います。

本学は、4年後に開学50周年の節目を迎えます。これまでに5千人を超える卒業生が巣立ち、滋賀県、全国、海外で活躍しています。皆さんのこれからの活躍が、母校滋賀医科大学の発展を支え、後輩に対する大きな励みになります。本日卒業される皆さん、そして学位を取得された皆さんの前途が希望に満ちた輝かしいものであることを心から祈念して、お祝いの言葉といたします。