腫瘍免疫・移植免疫の研究を行っている研究室は世界中にたくさんありますが、我々の研究室の特徴はカニクイザルを用いた腫瘍免疫・移植免疫の研究を行っていることです。
滋賀医科大学動物生命科学研究センターは、多数のカニクイザルを飼育しています。さらに、移植の際に拒絶反応の原因となる主要組織適合抗原複合体(Major histocompatibility antigen complex,
MHC)(血液型の一種)を解析し、特定のMHCを持つカニクイザルを維持繁殖しています。同一のMHC型を2個の染色体の両方に持つカニクイザル(MHCホモ接合サル)の細胞は、同じMHCを一方の染色体にだけもつカニクイザル(MHCヘテロ接合サル)に少ない拒絶反応で移植可能です。私達はこのサルを利用して、カニクイザルの癌移植モデルの作製や細胞移植、臓器移植を行い、その際に生じる免疫反応について解析しています。
図1:特定のMHCを2個持つカニクイザル(MHC homozygous monkey)の細胞は、同じMHCを一個もつカニクイザル(MHC heterozygous monkey)に、免疫学的に少ない拒絶反応で移植可能である。
カニクイザルの癌移植モデルの作成を行いました。MHCホモ接合サルの細胞から作製したiPS細胞を用い、様々な細胞を分化誘導し癌細胞を作製しました。この癌細胞をMHC
ヘテロ接合サルに移植することで、様々なカニクイザル癌モデルの作製に取り組んでいます。胎児性癌細胞を移植したカニクイザルでは、癌細胞表面上のGRP94に対する抗体ができ、癌は拒絶されました(Cancer Res. 77; 6001-,
2017)。また移植した癌細胞の中に、癌細胞特異的なキラーT細胞(TIL)が浸潤していることも判明しました(Sci Rep. 21:8414, 2020/ unpublished data)。
現在、このTILが発現している抗原特異的なT細胞レセプター(T cell receptor, TCR)遺伝子をもち、癌細胞を攻撃できるT細胞を作製し、細胞治療を行う実験を、生化学・分子生物学講座 分子生理化学部門と共同で行っています。
図2:カニクイザル 癌細胞に発現するGRP94(赤)。癌細胞拒絶カニクイザル 血漿IgG(緑)との共染色。癌細胞膜上では血漿中IgGとGRP94が存在する(黄)。
また細胞移植治療に関して、MHC ホモ接合サルから誘導したiPS細胞を用い、この細胞から分化誘導した細胞をMHC
ヘテロ接合サルに移植し、移植細胞の機能と移植細胞に対する免疫反応を解析ています。京都大学CiRAの高橋淳先生、森実飛鳥先生との共同研究では、iPS細胞から誘導したドーパミン産生細胞をパーキンソン病のカニクイザルの脳内に移植しました。その結果、MHCの一致した細胞移植ではMHC不一致の移植に比べて、移植後のドーパミン産生細胞の生存がよく、炎症反応も起こりにくいことがわかりました(Nat
Commun. 30:385, 2017)。この成果を元に臨床治験にむけた準備が進んでいます。
またiPS細胞を用いた細胞治療において、iPS細胞が未分化細胞であるために、移植した細胞に混入する未分化細胞から腫瘍(テラトーマ)が発生することが懸念されています。そこで我々は、iPS細胞をそれぞれMHCの適合するカニクイザルに移植し、テラトーマの発生を観察しました。その結果、コントロールとして自己iPS細胞を移植したカニクイザルにはテラトーマが発生しました(図3)が、MHCの一致した別の個体のiPS細胞を移植したカニクイザルにはテラトーマは発生しませんでした。これらの結果から、将来行われるであろうMHC一致他家iPS細胞由来細胞移植において、テラトーマの発生の危険性は少ないと考えられました(Cell
Transplant 30:963689721992066, 2021)。
図3:自己iPS細胞を移植したカニクイザルに発生したテラトーマ
臓器移植については、慶應義塾大学産婦人科の木須先生との共同研究で、カニクイザルを用いた子宮移植の実験を行いました。Rokitansky症候群など生まれつき子宮がない、もしくは何らかの原因で子宮を失った女性の方でも出産を可能にする子宮移植は、国内での実施例はありませんが、海外ではすでにヒトで子宮移植が試みられており、10カ国以上で40人近い赤ちゃんの出生が報告されています。今回、MHCの判明しているカニクイザルを用いて、母娘間での子宮移植を想定したMHCが半分一致した組み合わせによる移植を行いました。そして、非ヒト霊長類の子宮移植例としては世界で初めて妊娠、出産に成功しました(J
Clin Med 8, pii: E1572, 2019/ J Obstet Gynaecol Res 46:2251, 2020)。さらに現在は、カニクイザルの皮膚移植モデルを用いた、MHC一致移植と不一致移植における免疫反応の違いを解析しています。