新型コロナウイルス感染症 COVID-19

1. 新型コロナウイルスSARS-CoV-2

新型コロナウイルスSARS-CoV-2は呼吸器(鼻、口)から体内に侵入するウイルスです。ウイルスなので、生きている細胞がないと増えることができません。

SARS-CoV-2の表面にスパイクタンパク質(Sタンパク質)(細胞に入るための鍵)、内部にはRNA(ウイルスの設計図)があります。

  1. SARS-CoV-2は、細胞表面にACE2タンパク質を発現する細胞に感染します。SARS-CoV-2のSタンパク質が細胞のACE2タンパク質に結合し、細胞への侵入が始まります。
  2. ウイルスが細胞に入るとウイルス内のRNAが細胞質に放出されます。
  3. 放出されたRNAをもとに新しいウイルスに入れるためのRNAのコピーとRNAに書かれた設計図をもとにウイルスタンパク質が作られます。
  4. コピーされたRNAとウイルスタンパク質をまとめて、新しいウイルスができ、細胞から出ていきます。

他にウイルス複製のためには、タンパク分解酵素(TMPRSS2など)が必要となります。

2. 新型コロナウイルスの病原性

新型コロナウイルスSARS-CoV-2はまず鼻などに感染します。無症状の感染者もいると考えられますが、ウイルスによる変化が全身に起き、重症になることもあります。オミクロン株に置き換わってから、重症化、臭覚・味覚障害は減少したといわれています。
以下に重症例の代表的な臓器変化をまとめています。

臓器 病変
びまん性肺胞障害、ヒアリン膜形成(ARDS)
細胞と粘液の混合した滲出物
肺胞上皮の脱落、肺胞上皮の腫大
間質にリンパ球浸潤
肝臓 肝細胞内に脂肪滴
心臓 心筋間にリンパ球浸潤
末梢血 Tリンパ球減少、リンパ球活性化
血液凝固異常
血管 肺血栓塞栓症

私達の研究において、新型コロナウイルスSARS-CoV-2に感染するとカニクイザルは発病することが判明しました(=病原性がある)。
X線検査(左)と病理組織検査(中央)でわかる肺炎、肺血管に血栓(右、矢印)が観察されました。基本的に感染から7日−10日程度で回復しました。

3. ワクチンの作用

現在、新型コロナウイルス対策にワクチンが使われています。

ワクチンを接種すると体内の免疫細胞であるBリンパ球がウイルスに結合する抗体を作ります。抗体の中でも、Sタンパク質に結合し、細胞のACE2とSタンパク質の結合を邪魔(阻止)できる抗体を中和抗体といいます。

中和抗体があるとウイルスが細胞に入れないため、ウイルスの複製が起きません。

しかし、ワクチンに対する反応は人それぞれであるため、中和抗体を多く作れる人とそうでない人がいます。

4. ワクチンの種類

今回、新型コロナウイルスに対して、多種類のワクチンが開発されています。

種類 特徵
遺伝子ワクチン ・mRNAワクチン、DNAワクチン
・合成が容易。体内で複製しない。
・ウイルスタンパク質の設計図のワクチン
組換えワクチン ・アデノウイルス、ワクシニアウイルスなど人に病原性のないウイルスをもとに作製。
・接種されると弱毒生ワクチンに類似の反応が起こる。
・変異に対応し、迅速に更新可能。
弱毒生ワクチン ・ウイルスが感染する細胞が必要。
・ウイルスの弱毒化に時間が必要。
・実際にウイルスに感染した時と類似の免疫を獲得できる。
不活化ワクチン ・ウイルスを増やすために効率よく感染する細胞が必要。
・ウイルス粒子を不活化。体内で増殖しない。
・その分、複数回接種が必要。
精製抗原ワクチン ・ウイルスの一部を使用。体内で複製しない。
・免疫増強剤を必要とする。
・複数回接種が必要。

遺伝子ワクチンは、新型コロナウイルス対策で初めて実用化されました。

アデノウイルスの組換えワクチンも新型コロナウイルスに使用されています。私達はワクシニアウイルスをもとにした組換えワクチンの研究を行っています(詳しくはその5で)。

他のウイルスに対するワクチンの作製法を応用し、新型コロナウイルスに対する弱毒生ワクチン、不活化ワクチン、精製抗原ワクチンの開発が進んでいます。

5. ワクチン −1

私達は、東京都医学総合研究所と共同でワクシニウイルスをベースにしたSARS-CoV-2の組換えワクチンの開発を行っています。

ワクシニウイルスは天然痘の弱毒生ワクチンとして使用されていました。天然痘は致死率の高い感染症でしたが、ワクチンの普及により地球上から撲滅されました。多くの人に使用され、安全性が確認されています。また、必ずしも冷蔵保存を必要としないため、冷蔵庫のない地域まで運ぶことができます。

今回、SARS-CoV-2のSタンパク質遺伝子をワクシニアウイルスの遺伝子の中に挿入しワクチンを作製しました。このワクチンを接種すると、体内で遺伝子をもとにSタンパク質が作られます。このSタンパク質に対して免疫反応が起き、Bリンパ球が抗体を産生します。この抗体が感染予防に働くことが期待されます。

このワクチンをカニクイザルに接種し、SARS-CoV-2に対する効果を確認しました。
このワクチンをサルの皮内に2回接種した後にSARS-CoV-2を感染させました。感染7日後に肺のウイルスRNA量を測定したところ、ワクチンを接種していないサルに比べ、ワクチンを接種したサルではウイルスRNA量は1/50000で(左グラフ)、ウイルスの複製は抑制されました。

また、肺の組織を顕微鏡で調べたところ、ワクチンを接種しないとウイルス感染7日後肺胞壁が厚くなり、リンパ球が多数集まり、肺炎が起きた結果、肺の空気量が減少しました(中央写真)。一方、ワクチンを接種すると、感染しても肺胞壁は正常の厚さで、肺に空気は十分入り、ほぼ正常でした(右写真)。したがって、ワクシニウイルスをベースにしたSARS-CoV-2ワクチンはウイルスの複製と肺炎を予防することがわかりました。

6. 治療薬 −1

SARS-CoV-2に対する治療薬の開発が進んでいます。
その一つとして、私達は慶應義塾大学と共同で中和抗体薬の開発を行いました。

SARS-CoV-2に感染した人では、Bリンパ球が反応し、中和抗体が産生されます(感染者全員ではありません)。中和抗体はSARS-CoV-2が細胞に接着することを抑制するので、感染者の体内に中和抗体が増加すると、体内で新たに複製されたSARS-CoV-2が細胞に感染できなくなり、回復に向かうと考えられます。回復後、血液中には中和抗体を作るBリンパ球が循環しています。このBリンパ球と抗体を治療薬として活用することが考えられました。

回復者の血液から中和抗体を産生するBリンパ球を分離し、中和抗体の遺伝子を取り出しました。この遺伝子を利用し、中和抗体タンパク質を治療薬として使えるように大量に合成しました。また、この中和抗体の多くは、SARS-CoV-2のSタンパク質の中のACE2との結合部位RBDに結合することがわかりました。

SARS-CoV-2を感染させたサルに中和抗体薬を混合して投与しました(抗体カクテル療法)。その結果、抗体投与から2日後にはウイルスは検出されなくなり、ウイルスの複製を早期に阻害し、治療薬として有効であることがわかりました。また、複数の抗体を混合して使用すると耐性ウイルスの発生を防止できると考えられます。