2. 神経原線維変化型老年期認知症 (Senile dementia of the NFT type; SD-NFT, PART)

アルツハイマー病よりも高齢発症(80〜90歳)のことが多く、病理では海馬傍回と海馬の神経原線維変化が主体で、大脳新皮質の萎縮は年齢相応で目立たない。以前には、進行がゆっくりで良性の経過をたどる高齢発症のアルツハイマー型認知症として捉えられていた可能性がある。Primary age-related tauopathy (PART)とも呼ばれる。タウの病理変化はアルツハイマー病と同じで、違いは側副溝(図の矢印)よりも外側の神経原線維変化が目立たないこと、老人斑があまりないこと。BraakのNFTステージではIV (通常はIII)以下とされている。嗜銀顆粒性認知症(AGD)と同じように比較的良性の経過をたどる健忘型のMCIの中にSD-NFT、PARTの症例が多く含まれている可能性がある。アルツハイマー病と同じタウ病変が側副溝を大きく超えて側頭葉に及ぶかどうかは、アミロイドβによるタウオパチーの促進作用が大きく影響している可能性がある。すなわち新皮質にアミロイドβが沈着しているとタウ病変が新皮質に進展してアルツハイマー病になり、アミロイドβがなければ高齢になるまで発症せずSD-NDF、PARTに留まると考えられている。

右図
a :103歳女性のホルマリン固定した左半球。側脳室下角の拡大と重度の内側側頭葉萎縮が認められる。白矢印は側副溝を示す。b: Luxol fast blue counterstained hematoxylin-eosin section (LHE)では、内側側頭葉の萎縮が認められる。 c: Phospho-tau (p-tau; AT8)免疫標識切片では、海馬と嗅内皮質を中心とした顕著なタウオパシーの変化が認められる。d: アルツハイマー病の症例では、タウオパチーは側副溝より外側の側頭新皮質にまで及んでいる。 (Crary JF. et al., Acta Neuropathol, 2014)
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3. 嗜銀顆粒性認知症 (argyrophilic grain desease; AGD)

4Rタウオパチーに分類される疾患で、アルツハイマー病よりも高齢発症(75-80歳)で、海馬や扁桃体の萎縮が目立つのでアルツハイマー病との鑑別が難しい。実際にはアルツハイマー病に次いで多い疾患とも言われているが実態は不明である。アルツハイマー病と比べると、萎縮の程度に左右差が出やすいとされている。健忘型軽度認知障害(amnestic type MCI; aMCI)と診断された症例の中には、しばしばAGDの症例が認められる{16682536}。進行がゆっくりであるため、良性の経過をたどるaMCIの中にはAGDの症例がかなり含まれている可能性がある。進行すると前頭葉底面と側頭葉前部などに病変が進展して前頭側頭葉変性症(FTLD)に類似した症状を呈してくるため、行動異常型前頭側頭型認知症(bv-FTD)と間違われることもある。性格の変化が先行することもあり、AGDの1/3の症例では認知機能障害が認められない(嗜銀顆粒病と呼ばれる)。このため、高齢発症の統合失調症や妄想性障害と誤診される場合もあるので注意を要する。アミロイドPET陰性であることがアルツハイマー病との鑑別になる。アルツハイマー病よりも怒りっぽいといった症状や性格変化が目立つことがあり、アルツハイマー病の周辺症状と間違って扱われていることがある。MRIの脳萎縮部位からAGDを疑う場合は、AGDのstage分類が参考となる。

AGDのStage 分類 (Braak)
Stage I : 迂回回(前部嗅内野)、扁桃体、視床下部外側野(摂食、飲水、恐怖、怒り)
Stage II:嗅周野(=transentorhinal)、海馬台前野-海馬台-海馬
Stage III:側頭葉前部、島回、前部帯状回、眼窩前頭皮質
Stage IV:新皮質、脳幹

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SPECTでは一般に側頭葉前半と前頭葉底面を中心とした領域の血流低下が認められる{20535032}。前頭葉底面や扁桃体の障害は、いわゆるヤコブレフ回路の障害で易怒性や性格変化、暴力行動などに関係している。病巣が側頭葉内側の前半部に限局する傾向は、MRIで海馬の萎縮が強い割に認知機能低下が軽度である印象を与える。
 AGDとCBDやPSPには共通点がある。病理検査では、CBDやPSPの約半数の症例にAGDの所見が認められている。臨床的には、AGDは4Rタウオパチーの中で辺縁系を中心とした疾患であると考えられる。最近の研究では、これらの4Rタウオパチーの中で、少なくとも凝集するタウの繊維構造に違いがあることが報告されている
{34588692}。参考までに迂回回の場所を図に提示する。
 AGDは加齢に伴うtau astrogliopathyでも観察される。MAPT(微小管関連タンパク質タウ遺伝子)のイントロン10の+3位または+16位に変異がある遺伝例のタウ原繊維構造もAGDのものと同じであることから、4回繰り返しのタウが相対的に過剰生産されることでAGDフォールドが生じることが示唆されてる。
 AGDの頻度や認知症との関係についての研究は少ない。高齢者におけるAGDの頻度は約5~9%と推定されており、決して稀な疾患ではないと思われる。AGDは、アルツハイマー病やレビー小体型認知症などの他の変性疾患としばしば合併していることが知られている。特に、進行性核上性麻痺は19%、皮質基底膜変性症は41%の頻度でAGDと併発している。

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専門医のための認知症テキスト

椎野顯彦 M.D., Ph.D. 滋賀医科大学 脳神経外科 非常勤講師 株式会社 シグラス 代表取締役 株式会社 ERISA 顧問
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