5. 4Rタウオパチー (4R tauopathy)

4Rタウオパチーには、嗜銀顆粒性認知症、大脳基底核変性症(CBD)、進行性核上性麻痺(PSP)がある。このうちパ-キンソニズムをともなうのはCBDとPSPであるが、両者の中間型の症状を示す症例もある。非典型的な症状を示す症例も多く、診断は難しいことが多い。VBMやSPECTで前部(FTD: 前頭葉、側頭葉前部)でも後部(AD: 頭頂葉、側頭葉後部)でもない病変のパタ-ンが認められた場合、本疾患を念頭におく必要がある。レビー小体病と異なりMIBGで心臓の取り込み低下がないことが鑑別に有用である。

大脳基底核変性症(Corticobasal degeneration)

Corticobasal syndrome (CBS)を示す多くの症例がcorticobasal degeneration(CBD)と考えられているが、多様な症状を呈するため病理なしでの確定診断は難しい。認知症の中では稀な疾患(1%)である。中心溝付近の大脳皮質、大脳基底核、黒質のド-パミン系ニュ-ロンの障害が認められる。
60歳前後の中年期以降(ほとんどが50歳以降に発症)に片側上肢や下肢の運動障害(肢節運動失行)で発症し、やがて同側の固縮が出てくるためパーキンソン病と間違われやすい(L-DOPAはほとんど無効)。ただし症状が非対称であるのは3/4で、1/4の症例は左右差があまり目立たない。典型的なものは片側中心溝付近の脳萎縮が目立ち、SPECTにおいても脳血流低下の左右差が目立つ。言語障害(失語、構音障害)、皮質性感覚障害、観念運動失行、他人の手徴候などが認められる。Armstrongらが示したCBDの症状と発生頻度を右表に示す。
CBDのタウ病変はNFTは目立たず、細胞質内に一様に染まるプレタングルが多いのが特徴で、globose typeのNFTが見られるPSPと異なる。また、アストロサイトにもタウ病変が出現するが、突起に蓄積してastrocytic plaqueと呼ばれる所見を呈するが、PSPのtufted astrocyteとは一線を隔す。Astrocytic plaqueが認められることは、PSPとの鑑別の根拠となっている。オリゴデンドログリアにもタウ病変が出現し、coild bodyと呼ばれるが、これはPSPでも認められる。
大脳皮質の神経細胞にはクロマチンが消失したアクロマティックニューロン(achromatic neuron)が出現し、一部は大きく腫大して風船様神経細胞(ballooned neuron)と言われる。風船様神経細胞はCBDではその密度がPSPの30倍以上でCBDの特徴でもある。

大脳基底核変性症の症状
Stacks Image 815

(Armstrong MJ et al., Neurol, 2013) {23359374}

国際コンソ-シアムの報告によると病理でCBDが証明された中で、最終的な臨床診断でCBSとされたものは37%、PSPSが23%で全体の6割であった。他FTDが14%、ADが8%、失語が5%と診断されている。CBSとCBDの診断基準を以下に示す。

☞ 皮質性感覚障害の調べ方
目を閉じた状態で、手掌の文字を書いて判断させる(graphesthesia)
目を閉じた状態で、手に乗せた物体(クリップやコインなど)の素材や形態を認知させる(stereognosis)。

☞ TDP-43 proteinopathyに分類されるPGRN遺伝子異常によるFTDもCBSの症状を呈してくるので、鑑別が必要になる。

大脳皮質基底核変性症の診断基準 (難病情報センタ-より)
1.主要項目
(1)中年期以降に発症し緩徐に進行し、罹病期間が1年以上である
(2)錐体外路徴候
①非対称性の四肢の筋強剛ないし無動
②非対称性の四肢のジストニア
③非対称性の四肢のミオクロ-ヌス
(3)大脳皮質徴候
①口腔ないし四肢の失行
②皮質性感覚障害
③他人の手徴候(単なる挙上や頭頂部をさまようような動きは、他人の手現象としては不十分)
(4)除外すべき疾患および検査所見
①パーキンソン病、レビー小体病
②進行性核上性麻痺
③多系統萎縮症(特に線条体黒質変性症)
④アルツハイマ-病
⑤筋萎縮性側索硬化症
⑥意味型失語(他の認知機能や、語の流暢性のような言語機能が保たれているにもかかわらず、意味記憶としての、単語(特に名詞)、事物、顔の認知ができない。)あるいはロゴペニック型原発性進行性失語(短期記憶障害により復唱ができない。)
⑦局所性の器質的病変(局所症状を説明し得る限局性病変)
(5)診断のカテゴリ-
次の4条件を満たすものを大脳皮質基底核変性症と診断する。
①(1)を満たす。
②(2)の2項目以上がある
③(3)の2項目以上がある
④(4)を満たす(他疾患を除外できる)

Revised Cambridge criteria for CBS (Cambridge)
必須項目
1. 徐々に発症し緩徐に進行
2. L-dopa 治療の持続的効果がない
大項目(○)および小項目(・)
1.運動障害
○ Akinetic rigid syndrome (無動と筋強剛の両者をみとめる)
・ 局所性のあるいは分節性のミオクロ-ヌス
・ 非対称性ジストニア
2.皮質運動感覚障害
○ 四肢の失行
・ alien limb phenomenon
・ 皮質性感覚障害あるいは失算
3.認知機能障害
○ 発語および言語障害(失語,構音障害、失書を含む)
・ 前頭葉性の遂行機能障害(前頭葉徴候、語彙の流暢性低下、そのほかの前頭葉機能テストの異常を含む)
・ 視空間障害

診断:必須項目+大項目2つ+小項目2つ

他人の手徴候(Alien hand syndrome)

本来は視覚情報がない状態(手を背中に回すなど、手が見えていない状態)で、右手で左手をつかんだ時に左手を自分の手と認識しない、あたかも他人の手と思う ”strange hand sign”を意味していた。しかしながら現在では、一方の手が自分の意志とは無関係(勝手)に一連の動作をしてしまうことをalien hand syndrome (AHS; syndromeではなく、sign または phenomenaと記載する場合もある)としている。病変部位は前頭葉、脳梁前部、頭頂葉の3領域がある。

1. 前頭葉(frontal variant)
左(優位半球)の内側前頭前野(medial prefrontal cortex)や前補足運動野(pre-supplementary motor cortex)領域の障害で見られる。他のタイプと異なり右上肢に見られることが多く、自分の手ではないと感じることはないが、目に触れたものを無意識、衝動的に手に取ろうとする。本能的把握反応(instinctive grasp reaction)とも言われ、把握反射と異なり、注意を促すと患者はこの動作を抑制することができる。見たものを手にとろうとする動作は一連の本能的な動作であり、高次運動野である帯状皮質運動野、前補足運動野(pre-SMA)はこれを制御していると考えられる。

☞ 心理学の分野ではアフォーダンス(affordance)という概念がある。動物(ヒト)には環境(物体)に順応する能力が備わっているが、環境側がその利用価値を動物側に提示している(afford)と考える。例えば、取っ手はそこを持つようヒトにアフォードしている、と表現する。取っ手を見てカップを持つことは意識的な行動のはずであるが、アフォーダンスは取っ手がヒトに働きかける=無意識に持つよう促すという考えで、補足運動野に障害のある患者はアフォーダンスに影響されやすくなっている
{23433243}

前補足運動野の役割
Stacks Image 1000

2. 脳梁(callosal variant)
左右の前頭葉を連結する脳梁前部の障害(disconnection)が原因で主に左上肢に出現する。
他人の手兆候の中でも特徴的なintermanual conflictが見られる。これはボタンをはめる、箸を取るなど右手で意図的な動作をしようとすると、左手が意図に反してその動作の邪魔をしてしまう現象であり、拮抗失行とも言われる。患者は「左手が勝手に動いて邪魔をする」と訴える。片方の手で何かの動作をする際には、もう片方の手の動作は抑制あるいは協調して働くよう計画されるが、これは補足運動野(SMA)や前補足運動野(pre-SMA)でプログラムされ脳梁前部を介して反対側の手に伝わる。なぜ左手に多いのかは不明であるが、手足の運動の計画は主に優位半球でされているためと推測されている。この症状は脳梁の障害で必ずしも出現しないこと、出現しても一過性であることなどから脳梁障害だけが原因でない可能性がある。Neurologyに掲載されているビデオ{30201745}が参考になる。

3. 後方(posterior variant)
主に左上肢に見られ、右の頭頂葉の障害によって出現するが、後頭葉や視床の障害でも認められる。左上肢が自分のものではないように感じ、体性感覚の障害や半側身体失認が根底にあり、しばしば肢節運動失調を伴う。このため意図的に左手が動いていてもその実感がなく、勝手に動いてしまっていると錯覚している可能性がある。他にarm levitationと言って無意識に左の上肢を挙上することもある。これは視覚刺激がないと増強することから、頭頂葉の複雑感覚の障害によると思われる。
にAHSの部位ごとの特徴をまとめた。

他人の手症候群の3タイプ
Stacks Image 1005
MRI
最もよく見られるMRI所見は、中心溝付近の皮質の左右非対称な萎縮である。VBMでも左の中心溝前後の頭頂葉と前頭葉の萎縮、帯状回、被殻に萎縮が認められる。矢状断で脳梁後部の萎縮が認められることがある。通常、海馬の萎縮は目立たない。
Stacks Image 827
Stacks Image 829

CBDの臨床診断は難しいが、片側の上肢または下肢の使いにくさ(失行)を訴える患者で、非定型的なパーキンソン症状を認めたらCBDを念頭において、MRI、DAT scan、MIBGなどの検査をする。
MRIでは約半数の患者に、中心溝前後の左右非対象の脳萎縮が認められる。進行すると萎縮した皮質とその下の白質がT2系の画像で高信号として認められる。PSPのように中脳被蓋の萎縮も認められる。DAT scanで脳萎縮と同じ側の線条体の取り込み低下、MIBGは正常範囲内であることが多い。
パーキンソンニズムに対してメネシット(100)3錠を内服させるが、CBDでは2ヶ月間投与しても症状の改善がないか、あってもごくわずかである。
CBDにみられるミオクローヌスは、自発的ではなく、刺激・反射誘発的で、患肢の腱反射検査時や運動刺激によって誘発されることが多い。
構音障害は、CBDの初期から認められる。パーキンソン病と同じで音量の低下、単調なピッチ、正常の速度より会話が遅い患者もいれば、発話速度が速くて短い発話の連続で会話している患者もいる 。声の震え、粗造性嗄声(いわゆるガラガラとした粗々しい声)、気息性嗄声(かすれ声)なども認められる。またすくみ足のように、吃音のような話し始めの音の反復や過剰な発話の停滞もみられる。発声障害(speech apraxia)は、努力性、不規則な音声の歪みと誤りとして認められる。
ADを含めた変性疾患全般に当てはまるが、CBDの症例でもてんかん発作を引き起こすことがあるので、高齢者でてんかんの治療を受けている患者にもCBDの可能性があることは念頭に置いておく必要がある。
ミオクローヌスに対してはクロナゼパム、硬直やジストニアに対しては、バクロフェンとアーテンなどの抗コリン剤が有効。認知機能低下に対しては、ドネペジルなどのコリンセステラーゼ阻害薬を使ってみる。四肢のリハビリも重要であるが、嚥下訓練も必要である。

進行性核上性麻痺(Progressive supra nuclear palsy)

40歳以降の中年期に歩行障害で発症することが多い。パーキンソン病と異なり四肢よりも体幹の筋固縮が強く、進行すると後ろ向きに倒れることが多くなる。すくみ足や前方突進が見られるため、パーキンソン病と紛らわしい。眼球運動障害(特に下方視)や構音障害が認められ、特に垂直眼球運動障害は特徴的。病状が進行すると大脳皮質も障害され認知機能の低下が目立つようになる。MRIで中脳被蓋の萎縮が認められる(humming bird sign) 。以下にPSPの診断基準を示す。
PSPではADのような火炎状ではなく、渦を巻くようなglobose型のNFTが淡蒼球や視床下核、黒質、青斑核、脳幹被蓋、橋核、小脳歯状核などに認められる。タウ病変はアストロサイトにも認められ、核から放射状に蓄積し毛羽立って見えるので、tufted astrocyteと呼ばれる。CBDでもアストロサイトにタウ病変が出現するが、tufted astrocyteよりももっと突起に集まり繊維をちりばめたように見えるため、astrocytic plaqueと呼ばれる。

Core clinical features of PSP

Stacks Image 888

(Hoglinge GU et al., Mov Disord, 2017: 一部改変){28467028}

急速眼球運動:追跡(「指を追ってください」)ではなく命令(「指をはじくところを見てください」)によって評価されるべきであり、ターゲットは主な注視位置から20度以上離れたところにある。診断のためには、健常者の最初と最後の目の位置だけではなく、検者がその動き(眼球回転)を確認できる程度にサッカードの動きが遅いこと。
Macro square wave jerks:矩形波眼球運動は固視ができずに再度固視をしようとする水平(垂直)方向の非律動的な眼球の動きで、振幅が大きく肉眼で確認できる場合にはマクロ矩形波眼球運動と呼ぶ。脳幹や小脳の障害時に認められるが、加齢でも認められる。変性疾患ではPSPに特異的なものではなくMSAでも認められる。
開眼失行:不随意の強制閉眼(眼瞼痙攣)がない場合に、閉眼期間の後に自発的に開眼できない状態をいう。
Pull-test:検者が患者の後ろに立ち、患者が目を開けて足を楽に開いて平行に立った状態で、肩を素早く力強く引っ張ったときの反応を調べる。

PSPは典型的なRichardson’ syndrome (O+P)以外に、すくみ足型(O+A1)、パーキンソニズム型((O+A2)、前頭葉型(O+C)、眼球運動障害型(O)、CBS型(C3)、姿勢反射障害型(P)などに分類される。PSP-P(すくみ足型)とパーキンソン型はL-DOPAへの反応性の差で分けれられる。
PSPではADのような火炎状ではなく、渦を巻くようなglobose型のNFTが淡蒼球や視床下核、黒質、青斑核、脳幹被蓋、橋核、小脳歯状核などに認められる。タウ病変はアストロサイトにも認められ、核から放射状に蓄積し毛羽立って見えるので、tufted astrocyteと呼ばれる。CBDでもアストロサイトにタウ病変が出現するが、tufted astrocyteよりももっと突起に集まり繊維をちりばめたように見えるため、astrocytic plaqueと呼ばれる。

Stacks Image 903

Probst et al., Acta Neuropathol, 2007 {17639426}

Probst et al., Acta Neuropathol, 2007 {17639426}

PSPの分類と診断基準
Stacks Image 874

(Hoglinge GU et al., Mov Disord, 2017: 一部改変){28467028}

Distribution of PSP tau pathology {17525140}

Stacks Image 899

PSP-P(すくみ足タイプ)はリチャードソン症候群よりもタウ病変が軽度で、リチャードソン症候群では、大脳皮質、橋、淡蒼球内節、黒質、小脳歯状核、小脳白質の病理変化が強い。

進行性核上性麻痺のMRI
Stacks Image 862
Morning glory sign
Stacks Image 864
Hummingbird sign
健常者やパーキンソン病の患者では、中脳被蓋上面は凸面になっている。一方、PSP患者では、平坦または凹んだ面になる。A;正常、B~D; PSP。
Stacks Image 1181
Stacks Image 1186

専門医のための認知症テキスト

滋賀医科大学 神経難病研究センター
Molecular Neuroscience Research Center
認知症指導医 椎野顯彦
Contact me