主観的認知機能低下(SCD:Subjective Cognitive Decline)とは、標準的な神経心理学的検査では正常な成績を示す一方で、本人が持続的な記憶や思考力の低下を自覚している状態のこと。SCDの基準には、2つの主要な特徴が含まれている。第一に、以前の正常な認知状態に比べ、本人が自覚する持続的な認知能力の低下である(急性ではない)。これは、個人の視点から見た認知機能低下の状態を反映していることを重視しており、他者によるそのような低下の観察は必須ではない。2つ目の基準は、MCIの分類に用いられる標準化された認知機能検査において、年齢、性別、教育レベルを調整した上で正常な成績を示すことである。したがって、客観的な観点からは、その個人の認知機能に障害はない。客観的な認知機能障害によって定義される状態、例えばMCIや認知症などは、SCDとは区別される。
SCDは臨床医にとって重要になりつつある。SCDを訴えて、医療的な支援や助言を求める人々の数が増加しており、医学的な知見からリスクを管理する必要がある。
高齢化社会におけるSCDの有病率
加齢に伴う認知機能の低下には、複数の生理学的および閾値未満の疾患関連メカニズムが寄与している。通常、このような認知機能の低下には処理速度、実行機能、記憶、および視空間能力といった認知領域が関与している。ほとんどの人は、加齢に伴い何らかの認知の変化に気づく。一般集団を対象とした研究によると、認知機能検査で正常範囲内の成績を示す高齢者の(70歳以上)の50%から80%が、質問された際に何らかの形で認知機能の低下を感じていると報告している。
SCDと認知機能低下のリスク
認知機能に障害のないSCD患者を対象とした縦断的疫学研究(少なくとも4年間の追跡データあり)のメタ分析(28コホート、29,723人)によると、将来的に14%の患者が認知症へ、26.6%の患者が軽度認知障害(MCI)へと進行し、年間の進行率はMCIへ6.7%、認知症へ2.3%であった{25219393}。これらの推定値は、分析にすべての年齢層が含まれている点で限界がある。この制限があり、またSCDがほとんどの個人において進行性の認知機能低下とは関連していないとはいえ、SCDは一部の個人にとって、将来の認知機能低下の早期指標となり得る。最終的に認知症を発症した個人を対象とした長期前向き研究、SCDは平均して、認知症の診断の約10年前に発生することを示唆している。SCDの患者において、将来の認知機能低下のリスクがある。その特徴は「SCDプラスの特徴」として知られている。
SCDプラスの特徴
SCD-Q(Subjective Cognitive Decline Questionnaire)
SCD-Qとは、本人が自覚している認知機能の低下(SCD)を数値化・評価するための質問票。MCIより前の段階で、初期の認知機能低下を定量的に評価する。
主要項目(24項目の主な質問例)
すべての回答は、過去2年間を基準に「はい/いいえ」で答えてください。
24項目のうち、「7項目以上」に「はい(低下した)」と回答した場合、主観的認知機能低下(SCD)、あるいは将来的なMCIへの移行リスクが高いと判定される。
赤:記憶、青:言語、黒:実行&注意。回答のバイアスを防ぐため、記憶や言語、実行機能といった異なる領域の質問はシャッフルされている。
情報提供者用バージョンと併せて、「彼/彼女は……するのが難しくなっている」という形式に書き換えられたフォームが使用される。
SCD-Qの評価は、「本人のスコア(MyCog)」と「家族などの情報提供者のスコア(TheirCog)」の組み合わせやズレを見ることで、単なる物忘れ(健康な状態)なのか、軽度認知障害(MCI)や初期のアルツハイマー病(AD)のリスクがあるのかを評価する。
具体的には、以下のように評価する。
1. 2つのスコアが示す基本的な意味
SCDのバイオマーカーによる進行予測におけるメタ分析が、8つの縦断研究、平均年齢は60歳〜78.3歳、全体の平均追跡期間は3.3年(範囲:2.4〜6.0年)、合計 1308人において行われた{36028322}。SCD患者における異常バイオマーカーの有病率は、アミロイドが15.6%〜35.9%、リン酸化タウ(p-tau)が11.1%〜33.6%、総タウ(t-tau)が12.3%〜46.3%、そして完全なAD病理(アミロイド病理に加えてp-tauまたはt-tauの上昇)が7.8%〜24.4%であった。バイオマーカーごとのオッズ比は以下。
アミロイド病理のみ陽性:OR 5.89(95% CI 2.33-14.90)
p-tauの上昇:OR 3.99(95% CI 2.34-6.85)
t-tauの上昇:OR 2.26(95% CI 1.14-4.48)
Aβ/t-tau比の異常:OR 5.69(95% CI 2.80-11.53)
すべてのAD病理(Aβ+p-tau+t-tau):OR 11.36(95% CI 1.97-65.41)
アミロイド病変の予測精度は、感度64.7%(54.4%–74.0%)、特異度79.9%(78.6%–81.0%)、陽性予測値(PPV)28.2%(23.7%–32.2%)、陰性予測値(NPV)は94.9(93.4%–96.2%)、陽性尤度比(LR+)は3.21(2.54–3.89)、陰性尤度比(LR−)は0.44(0.32–0.58)であった。全AD病理の予測精度は、感度57.8%(47.3%–67.2%)、特異度90.1%(87.4%–92.5%)、陽性予測値(PPV)59.7%(48.8%–69.3%)、陰性予測値(NPV)89.4%(86.7%–91.7%)、LT+が5.83(3.75–8.90)、LT-が0.47(0.36–0.60)であった 。
SCD-Q17
従来の24項目版は「はい(低下した)/いいえ(低下していない)」の2択であったため、「少しだけ低下した気がする」といったグラデーション(変化の度合い)を捉えきれないという課題があった。そこで主成分分析(PCA)を用いて項目を厳選し、改良されたのがSCD-Q17。{DOI: 10.1007/s12144-024-06668-0}
SMCQ (Subjective Memory Complaints Questionnaire)(14項目)
全般的な記憶機能に関する質問(4項目)
自分の子供(または身近な親族)の電話番号 を思い出すのが難しいですか?
スコアリングと評価の目安
採点法: すべての質問に対して「はい」= 1点、「いいえ」= 0点 として、合計点(0〜14点)を算出。
カットオフ(認知症スクリーニングの基準): 一般的に、「5点〜6点以上」が陽性(高リスク)と判定 。
SCD-Q24や17と比較すると、SMCQは「言語(単語が出てこない)」や「実行機能(段取り・計画)」に該当する質問がほとんどなく、徹底して「記憶(物忘れ)」に特化している 。
SMCQスコアは、認知症のない高齢者と認知症のある高齢者を良好に区別した(p < 0.01)。SMCQの曲線下面積(AUC)は0.84であり、高い診断能力を有していることを示した{19252402}。
SCDの鑑別疾患
積極的に医療的支援を求めるSCD患者において、基礎疾患を特定または除外するためには、個人に合わせた診断プロセスが必要と思われる。SCD-I(Subjective Cognitive Decline Initiative:主観的認知機能低下イニシアチブ)は、アルツハイマー病(AD)をはじめとする認知症の前臨床期(Preclinical stage)の研究を世界的に推し進めるため、2012年に発足した国際的な研究ワーキンググループであるが、それによると、SCDと鑑別すべき疾患に、アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患、脳血管疾患、炎症性脳疾患、頭部外傷などの一般的な脳疾患や、ほとんどの精神疾患および無症候性の精神状態、例えば、うつ病、不安障害、睡眠障害がある。認知機能に関連するその他の医学的状態には、代謝性疾患(例:糖尿病)、内分泌疾患(例:甲状腺機能異常)、高血圧、心臓病、貧血、肝臓病、腎臓病、感染症、および栄養欠乏症が含まれる。さらに、物質乱用やいくつかの薬剤も認知機能に影響を与える可能性がある(例:鎮静剤、抗コリン薬、オピオイド、コルチコステロイド)。身体表現性障害、敏感な自己モニタリング、性格の特性(例:神経質性)、および認知症への恐怖もまた、認知機能の低下に対する懸念を引き起こしたり、加齢に伴う正常な認知機能の変化に対する体験を強く感じさせる可能性がある。
バイオマーカーによる潜在的病態の頻度
アルツハイマー病のバイオマーカーを測定した先行研究{29415768}{24049134}{28527210}では、医療の助けを求めたSCD患者において、アルツハイマー病の連続体の前臨床段階にあるとみなされる患者の割合(アミロイドマーカー陽性かつタウ病理陰性、あるいはアミロイドマーカー陽性かつタウ病理陽性)が、およそ7%から40%の範囲であることが判明した。ある研究では{22940426}{28973551}、認知機能に障害のない高齢の個人(60歳以上)のコホートを対象としたアミロイドおよびタウタンパク質のPET画像検査により、定量的尺度を用いて測定された、個人が経験する認知上の懸念の重症度と、アミロイドまたはタウ病理の程度との間に定量的な関連性が示された。
タウPET(AV1451)画像
MNI空間からFreeSurferソフトウェアの平均サーフェスへマッピングした、大脳の表面レンダリング画像。
内側側頭葉(内嗅皮質付近)に統計的有意(t値)にタウの蓄積が強い領域が存在。
カラーバーは t 値(0から6)を表しており、青から赤・白に近づくにつれて値が高く、閾値は 1.96 に設定。主に左半球でその関連が最も顕著に現れている。
内側側頭葉をより詳細に視覚化するための脳の断層画像(領域の頂点 t 値に対応する部位のMNI座標は「 -22, -18, -26」であった。
Voxel-based morphometry (MRI)
図は認知機能に異常がない健常者(SCD)におけるアミロイドβの影響を調べている。ごく初期では、脳アミロイドβは側頭葉内側(嗅内野、海馬傍回)の萎縮を促進していることがわかる。
縦断的VBM研究において、神経画像および認知変数の変化については、年齢、性別、アポリポタンパク質E(APOE)状態、追跡期間、および学歴年数を調整した一般線形モデル(GLM)を用いて解析した結果、無症状の被験者において、ベースライン時の脳脊髄液(CSF)アミロイドβ(Aβ)バイオマーカーは、CSFリン酸化タウ(p-tau)とは独立して、内側側頭葉(MTL)の萎縮率およびエピソード記憶(EM)の低下を有意に予測した。{39898436}
可溶性Aβの恒常性障害が、MTLの経時的萎縮および経験記憶の低下を引き起こすことを示唆している。この部位はアミロイドβとタウ病変が合流する最初の領域と考えられている。
CAIDE(カイデ)スコア
中年期(40~60代)の健康状態から、20年後に認知症を発症するリスクを予測するために開発されたもので、 正式にはCardiovascular Risk Factors, Ageing, and Incidence of Dementiaとよばれる。フィンランドで行われた長期的な大規模コホート研究(CAIDE研究)に基づいて開発された{16914401}。
スコアを算出する項目
CAIDEスコア(最大15 or 18点満点、モデルによる)は、日常的な健診データや生活習慣の組み合わせで点数化される。
1. 20年後の認知症発症を高い精度で予測 {16914401}
人口ベースのCAIDE研究(15点)。この研究には、中年期に調査を受け、20年後に認知症の兆候について再検査を受けた1,409名を対象とした研究。20年間の追跡期間中の認知症発症率は4%。将来的な認知症の発症は、高齢(47歳以上)、低学歴(10年未満)、高血圧、高コレステロール血症、および肥満によって有意に予測された。認知症リスクスコアは認知症を良好に予測した(曲線下面積 0.77;95%信頼区間 0.71~0.83)。認知症リスクスコアのカテゴリー別の認知症発症リスクは、スコア0~5の群で1.0%、6~7の群で1.9%、8~9の群で4.2%、10~11の群で7.4%、12~15の群で16.4%であった。9点以上をカットオフ値として適用した場合、感度は0.77、特異度は0.63、陰性予測値は0.98であった。
2. CAIDEの妥当性の検証 {39863319}
Health 2000 Surveyから抽出された、30歳以上のフィンランド成人の代表サンプル(n = 5,806)。19年間の追跡期間中、571名(9.8%)の参加者が認知症と診断された。CAIDEリスクスコアは認知症を良好に予測した:ROC(受信者動作特性)曲線下面積(AUC)は0.78(95%信頼区間:0.76~0.79)であった。次に、CAIDEリスクスコアにおいて肥満の指標をHOMA-IRに置き換えたところ、同様の結果が得られた:ROC曲線下面積(AUC)は0.78(95%信頼区間:0.76~0.80)であった。APOE ε4遺伝子型を追加することで、リスクスコアの予測値はさらに向上した:ROC曲線下面積(AUC)は0.81(95%信頼区間:0.80~0.83)であった。
3. 本人が気づかないレベルの脳の変化(萎縮、白質病変)を反映する {25190628}
CAIDEスコアと、最大30年後の磁気共鳴画像法(MRI)による認知症関連の脳の変化との関連性を調査した。中年期のCAIDE認知症リスクスコアは、高齢期における白質高信号病変(WMH)と最も一貫して関連していた。追跡期間が長い対象者では、MTAとの関連も認められた。
4. 脳小血管病(SVD)および全身性炎症の進行予測 {35135868}
CAIDEリスクスコア(18点)が、脳小血管疾患(SVD)のマーカーと関連しているかを調査。ベースライン時のCAIDEスコアが高いほど、SVDおよび炎症のすべてのマーカーと関連していた。縦断的に見ると、CAIDEスコアは、WMHの総進行(p<0.001)、脳室周囲(p<0.001)および深部(p=0.012)の進行、ならびにCRPの上昇(p=0.017)を予測した。
5. 中年期における将来の脳萎縮スピードの予測 {31806724}
CAIDEリスクスコア(18点)と経時的な脳萎縮との関連性を調査。脳容積および脳室容積の変化率(年率)は、CAIDEスコアが高い群(>6)の方が低い群よりも大きかった。CAIDEスコアが高い群では、脳容積の絶対的な減少率が0.17%(95%信頼区間 0.07~0.27)、脳室の絶対的な拡大率が1.78%(95%信頼区間 1.14~2.92)であった。年齢、性別、教育レベルを共変量とした線形回帰分析では、CAIDEスコアが6を超えることが全脳萎縮率の唯一の有意な予測因子(p=0.025)であったのに対し、年齢(p=0.009)、性別(p=0.002)、およびCAIDEスコアが6を超えること(p=0.017)はいずれも脳室拡大率を予測する因子であった。
6. MRI構造変化とアミロイド病理との関連 {28671114}
CAIDE認知症リスクスコア(15点)と、脳MRI、PIB-PETで評価されたアミロイド負荷、および詳細な認知機能測定値との縦断的関連性を調査。CAIDE認知症リスクスコア(15点満点)が高いほど、深部白質病変(WML)がより顕著(オッズ比 1.22、95% 信頼区間 1.05-1.43)、総灰白質体積が低い(β係数 -0.29、p = 0.001)、海馬体積が低い(β係数 -0.28、 p = 0.003)、皮質厚の減少(β係数 -0.19、p = 0.042)、および認知機能の低下(NTB総合スコアでβ係数 -0.31、実行機能で -0.25、処理速度で -0.33、記憶で -0.20、いずれも p < 0.001)がみとめられた。APOE遺伝子型を含むCAIDE認知症リスクスコア(18点満点)で追加解析をした結果、さらに顕著な内側側頭葉萎縮とも関連していた(オッズ比 1.15、95% 信頼区間 1.00-1.30)。しかし脳室周囲の白質病変(WML)やアミロイド蓄積との関連は認められなかった。
7. 脳脊髄液(CSF)中のタウ病理との関連 {38728186}
CAIDEスコア(15点)と、ADの脳脊髄液(CSF)バイオマーカーおよび認知機能との関連性を調査。CAIDEスコアは、pTau(p < 0.001)、 tTau(p < 0.001)、およびtTau/Aβ42(p = 0.008)を含むタウ関連バイオマーカーと正の相関を示した。MMSEスコア(p < 0.001)およびMoCAスコア(p < 0.001)とは負の相関を示した。CAIDEスコアと認知スコアとの相関関係は、タウ病理によって部分的に媒介されており、その媒介率は3.2%から13.2%の範囲であった。
8. 他の血管リスクスコアとの認知機能低下予測力の比較 {31884476}
血管性危険因子(VRF)とCAIDEスコア(18点)、グローバル血管リスクスコア(GVRS)とを比較した。CAIDEスコアが9未満の群と9以上の群の間、およびGVRSが8.17(中央値)未満の群と8.17以上の群の間で有意な差が認められた。CAIDEスコア(18点)は、初回評価時の全体的な認知機能の低下と関連していたほか、経時的な認知機能の低下幅の拡大とも関連していた。これらの関連は主に年齢および教育水準によるものであり、年齢、性別、教育水準を調整した後では、認知機能の低下との関連は有意ではなかった。GVRSは、初回検査時の全体的な認知機能および経時的な認知機能の低下度合いと逆相関を示し、この相関は社会人口統計学的要因を調整した後も持続した。両スコアと初期の認知機能との関連は、実行機能と処理速度によって主導されており、GVRSはエピソード記憶および処理速度の低下と関連していた。