平成29年3月10日
学長 塩田 浩平(しおた こうへい)

本日ここに、ご来賓各位並びに本学教職員のご臨席を賜り、平成28年度滋賀医科大学卒業式を挙行できますことは、本学にとって大きな喜びであります。

医学科119名、看護学科71名の皆さん、本日のご卒業おめでとうございます。滋賀医科大学を代表してお祝い申し上げます。また、これまで永きにわたって学生諸君の生活と勉学を支えてこられましたご家族の皆様方にも、心よりお慶びを申し上げます。

卒業生の皆さんは、本日学士を得て本学を卒業されるわけですが、この日を迎えるに至ったのは、皆さん自身のたゆまぬ努力によるものであるのは勿論ですが、同時にこれまで皆さんを育て支えてくださったご家族の方々、そして指導してくれた先輩や先生方、あるいは共に励んできた多くの友人達のおかげでもあります。そのことにもう一度思いを致し、感謝していただきたいと思います。

皆さんは医師、看護師、保健師、助産師などの国家資格を得て、これから臨床の第一線で働くことになります。皆さんが従事する医療の仕事は、病気を治療して病者を救命しあるいはその苦しみを和らげ、また人々の健康を維持増進するという、大変重要でやりがいのある仕事です。最初のうちは研修などのハードな生活が待っていますが、皆さんがこれまで大学で学んできた知識と技術の上に、それぞれの場においてこれからもたゆまぬ研鑽を続け、優れた医療人として活躍されることを期待しています。そのために、滋賀医科大学は将来にわたって皆さんを支援し続けますので、母校である本学、そして同窓会である「湖医会」との絆をぜひ大切にしてください。

思い返しますと、医学科の皆さんの多くが本学へ入学された直前の2011年3月11日に未曾有の東日本大震災が起こり、地震と津波によって1万8千人以上もの死者・行方不明者が出ました。そして、2554人の方が未だに行方不明のままであり、地震・津波災害と福島原発の事故が、6年たった今も多くの人々を苦しめ続けています。また、昨年4月には、熊本地震が起こり、九州地方で多くの方が被災されました。皆さんの中には、これらの震災のあと、現地に赴いてボランティア活動に参加した方もあるでしょうし、また募金などで支援した人も多いと思います。こうした災害の他にも、近年起こっている気候変動や生態系の変化などが、我々の生活にも様々な影を落としています。こうした自然災害を経験すると、我々が生きているこの環境が思いのほか脆弱で、我々の生活や生命がいつ危険に曝されるかわからないという危惧を持たざるを得ません。

しかし、我々を脅かす危機は、こうした自然災害ばかりではありません。世界では局地的な紛争や戦争があとを断たず、毎日のように多くの犠牲者と、その何倍もの難民が生まれています。20世紀終わりに東西冷戦が終結し、世界が平和に向かうかと思ったのも束の間、いま世界は新たな混乱の時期を迎えているように見えます。宗教対立や民族紛争、大国の自国第一主義の台頭など、国際秩序に不安定要因が増しています。時代は今、安定から大きな変動または混沌へと大きく変わりつつあるように思われます。

わが国の社会を見てみますと、急速な高齢化が進展し、疾病構造も大きく変化しています。それに伴って、医療や看護が病気の人を治すだけではなく、健康寿命を延ばし生命の質(QOL)を高めることも重要な役割として期待されるようになってきました。その中で、医師や看護師、保健師などの仕事も多様化し重要性を増してくると思われます。

医学の進歩に伴って新しい診断技術や外科治療、優れた薬物療法などが開発され、以前は治らなかった病気が完治する例も増え、また、癌などが完治しないまでも病気を持ちながら日常生活を送っている人が増えています。そうした時代には、医療者は単に病気そのものを治す(cure)だけではなく、患者さんが高いQOLをもって生きることができるようサポートすること(care)が求められます。特に、高齢者の場合は、病気が完治しない場合でも、ケアによって残りの人生を豊かにすることが可能です。生活環境もものの考え方も一人一人異なる患者さんに向き合い、その気持ちをくみとって最善の治療やケアを提供することこそ、滋賀医科大学が目ざす「全人的医療」であります。

皆さんは医学・看護学を勉強する中で、William Osler(1849-1919)の名前を聞いたことがあると思います。Osler博士は、米国のJohns Hopkins大学の内科初代教授を務めた医師で、優れた研究者・臨床家であると同時に、近代的な医学教育の基礎を築いた人物です。Osler博士は20世紀の初めに「医学の中にヒューマニズムを取り戻し、人間を全人的に見る」という「全人的医療」の考えを提唱し、今でも世界中の医療関係者の多くから信奉されています。Osler博士は「医学ほど教養が大切な職業はない。臨床医学ほど教養を必要とするものはない」と述べ、医療に従事する人間は枕元に本を置き、就寝前、または朝起きたときに本を読む習慣を身につけることを奨めました。皆さんのこれからの生活は、これまでの学生生活とは比較にならないほど忙しく、また緊張を強いられるものとなります。しかしその中で、医療人としての目標を見失わず、また自ら健全な心身の状態を保って医療の仕事に当たるためにも、医学・看護学などの専門の勉学に加えて、古典や歴史など幅広い書物もひもとき、人格と教養を高める努力を続けていただきたいと思います。

最後に、皆さんに是非申し上げたいことがあります。昨今、ごく一部の医師、医学研究者、医学生などによる非常識な行為が、相手の人を傷つけ、また社会的にも強く非難されるという事件が起こっていることを、誠に残念に思います。大多数の医学生、医師などが日夜勉学に励み、患者さんのために献身的に診療に当たっている中で、一部の不心得な人間の行いによって医学界全体が不信感を持ってみられるという状況は慚愧に堪えません。医療は人の生死を扱う職業であり、医師などには大きな権限が与えられていますが、その反面大きな責任と高い倫理観が求められます。

皆さんは医学部へ入ってまもなく「ヒポクラテスの誓い」を学びました。本学のキャンパスには、開学以来先輩達が育ててきた「ヒポクラテスの木」がそびえています。言うまでもなく、ヒポクラテスは紀元前のギリシャの医師で、当時の科学に基づいて医学の基礎を築くと同時に、医師が心得るべき職業倫理を記した「ヒポクラテスの誓い」が、今日でも医療倫理の基本になっています。この「ヒポクラテスの誓い」の精神を現代的に書き直したのが、1948年の世界医師会(WMA)総会で採択された「ジュネーブ宣言」であります。その中には次のように述べられています。「医師として、生涯を人類への奉仕の為にささげる、良心と尊厳をもって医療を実践する、患者の健康を最優先のこととする、そして力の及ぶ限り医師という職業の名誉と高潔な伝統を守り続けることを誓う」。ここでは医師について言われていますが、これらは医療に携わるすべての職業人が心得るべき重要な精神であります。皆さんは、自らが医学・看護学を志したときの初心をもう一度思い起こし、患者さんや社会から真に尊敬される医師、看護師、保健師、助産師などになってください。

本日巣立たれるすべての皆さんが健康で充実した生活を送り、幸福な人生を過ごされることを心より祈念して、御卒業に当たってのはなむけの言葉といたします。

本日は誠におめでとうございます。