平成30年4月3日
学長 塩田 浩平(しおた こうへい)

写真:塩田学長

ここ瀬田のキャンパスでは、フレッシュな皆さんを歓迎するように桜が咲き誇っています。本日ここに、ご来賓各位のご臨席を賜り、平成30年度滋賀医科大学学部および大学院の入学宣誓式を挙行できますことは、本学にとって大きな喜びであります。

滋賀医科大学に入学された医学科100名、看護学科63名の皆さん、おめでとうございます。滋賀医科大学を代表して皆さんを心から歓迎し、お慶びを申し上げます。また、これまで学生の皆さんを支えてこられましたご家族ならびにご関係の皆様にもお祝いを申し上げます。

新入生の皆さんは、医師や看護師として医療の第一線で活躍することを志し、あるいは医学・看護学の研究者になることを目指して、厳しい受験勉強を経て本学に入学されました。いま皆さんが感じている喜びと決意を忘れることなく、これからの4年間または6年間勉学に励み、有意義で充実した学生生活をこの滋賀医科大学で送ってください。

また、大学院博士課程へ進学された32名、修士課程へ進学された8名の皆さん、ご進学おめでとうございます。皆さんは、一定期間医療の現場などで経験を積まれた後、研究を志して大学院課程に進まれました。これからそれぞれの領域で研究を進められるわけですが、研究者としての素養を積み、医学・看護学の重要な課題に取り組んで、独創的な研究成果を挙げてください。

滋賀医科大学は、わが国の医学部の中では若い方の大学ですが、医科大学という特色を活かし、新しい医学教育・看護学教育によって信頼される医療人を育成し、特色ある研究によって医学・看護学と医療の発展に貢献しています。また、滋賀県で唯一の医学部であり、地域医療の場で活躍する卒業生が増えています。滋賀医科大学は「地域に支えられ、地域に貢献し、世界に羽ばたく」大学として発展してきましたが、本日お迎えした皆さんが若い活力として、我々と共に本学のさらなる発展のために力を発揮していただくことを期待しています。

滋賀医科大学は、これまでも医学教育と看護学教育に力を注いできましたが、世界に通用するグローバルスタンダードの医学教育・看護学教育を目指して教育改革を進めています。医学科は昨年11月に「医学教育分野別評価」の審査を受けました。これは、本学の医学教育の理念、内容、体制、教育の成果など全般にわたって外部評価委員による詳細な審査を受け、国際基準に適合した医学教育を実施しているかの評価を受けるものです。幸い本学はこの審査に合格しましたので、本学の医学科卒業生は国際基準を満たした医学教育を受けたと認められ、米国などの医師資格試験を受験する資格が与えられます。しかし、これからの6年間に学ぶべき内容は大変多く、臨床実習の期間も現在の上級生よりも8週間以上長くなります。また、看護学科でも数年以内にコアカリキュラムに準拠した新カリキュラムに移行すべく、現在作業を進めています。医学部での勉強は大変ハードで、専門科目全てに合格しなければ卒業することができません。心身の健康を保ち、皆さん全員が無事に学業を全うされるよう願っています。

皆さんが卒業して臨床の現場で働くとき、十分な専門知識と技能を身につけていなければならないのは当然ですが、皆さんが大学で学ぶのは、碁や将棋で言えば「定石」であります。まず定石を覚えておくことは不可欠ですが、実戦に当たる実際の臨床では、病気の表れ方や患者さんの反応は千差万別であり、教科書的な知識だけでは対応できないことが頻繁に起こります。そうした時に必要なのは、確固たる基礎知識と、難しい局面に臨機応変に対応できる応用力です。いま、藤井聡太君や井山裕太さんらの活躍によって将棋や囲碁の面白さ、奥深さが注目されていますが、精神科医の故中井久夫先生(元神戸大学教授)は「治療というのは科学よりも将棋や碁や戦略に似ている」と言っておられます(「医学部というところ」より)。皆さんがこれまで勉強してきた高校までの勉強は、必ず正解のある問題を確立された方法を用いて解くことでした。しかし、医療を含め、実際の社会では「何が正解かわからない」あるいは「考えてもわからない」問題や「正解がない」問題の方が圧倒的に多いのです。臨床の場で困難に直面したときに自らを支えるのは、たゆまぬ学習に裏付けられた自信であります。そのためにも、ぜひ悔いのない大学生活を送ってください。

一方で、大学時代には友人を作り、様々な体験をすることも重要です。本学ではクラブやサークルなどの課外活動が盛んですので、学業の合間の余暇を見つけて、課外活動や自らの趣味などを楽しみ、多くの友人を作ってください。そこで体験するチームワークの重要性は、医療の現場でも必ず役に立ちます。

医療の仕事は厳しく、医療従事者は日夜大きなストレスに曝されるため、中には心身に不調を来したり、仕事で「燃え尽きる」人もあります。これに関連して、今年1月、米国の研究グループが一つの論文を発表しました。Thomas Jefferson医科大学、Tulane大学などの研究者が、約740名の医学生を対象に調査を行い、他者への共感力や自分自身に対する信頼感、忍耐力などと人文学(humanities)の素養との関係を分析しました。それによると、文学や芸術(絵画・音楽)といった人文学に親しむ習慣が多い学生ほど、他者に対する思いやりに優れ、忍耐強さ、自分自身への信頼感などポジティブな傾向が強く、また肉体と精神の疲労や過酷な仕事に対する耐性が優れているという結果が得られました(Mangioneら、J Gen Intern Med 2018 Jan 29, Epub ahead of print)。この結果から彼らは、人文学の素養が人間性を高め、医師となる上でプラスに働くのだと結論しています。本学では、1年目の基礎学過程で人文科学、社会科学、自然科学、語学などを教育しますが、私生活においても若いうちから文学や芸術に親しむ習慣を身につけ、これからの長い人生を豊かに送るように心がけてください。

さて、本日、大学院では、博士課程と修士課程へ併せて40名の皆さんを迎えました。この中には9名の外国からの留学生もおられます。

滋賀医科大学では、アルツハイマー病を中心とした神経難病研究、サルを用いた医学生物学的研究、癌治療研究などを重点研究として推進すると共に、各研究者の発想に基づく独自の研究を推進しています。また、アジア疫学研究センターを中心として進めている大学院リーディングプログラム「アジア非感染性疾患(NCD)超克プロジェクト」では、生活習慣病などの非感染性疾患を中心とした疫学研究を推進するとともに、研究・教育・政策立案などの現場でリーダーシップを発揮して活躍できるグローバル人材を育成することを目的とした大学院教育を行っています。

研究者を目指す者が大学院時代に身につけるべき事柄がいくつかあります。まず、自らの頭で考える研究者になるということです。最初は指導者の助言によって研究を始めると思いますが、研究の真のモチベーションとなるのは、自分が解明したいと思う課題や疑問を見つけ、その解決に取り組むことです。世界の研究の動向を学び、自ら深く考えることによって、自分がおもしろいと思う研究テーマを見つけ、それに勇気を持って挑戦してください。

第2は、自ら手を動かし、人一倍働くことを厭わないことです。研究は各人の興味に基づいて行うものですが、世界中の科学者がしのぎを削って競争しています。そうした競争をポジティブに捉え、ライバルとの戦いを楽しんでください。そこでは、考えるだけではなくハードワークがものを言うことが少なくありません。

また、研究は常に順調に進むとは限りません。苦しいときに忍耐し、トンネルを抜けたときに新しい視野が開ける感動を感じることができるのも、研究生活の醍醐味であります。

第3は、研究室の同僚や国内外の研究者との交流、ネットワークを大切にしていただきたいということです。昔の研究者は実験室に閉じこもってひっそりと研究する、ということが珍しくありませんでしたが、今日の高度な科学研究は一人や小さい研究グループだけでは完結しないものが多くなっています。共同研究によって研究が深まり大きく発展することが少なくありません。オープンサイエンス、オープンイノベーションが重要視される理由は、こうしたところにあります。皆さんは、研究室や学会での活動を通じて、できるだけ他機関や外国の優れた研究者と知り合い、研究者ネットワークを活用して研究を発展させるという習慣をぜひ身につけてください。

最近メデイアでも報道されているように、国際社会におけるわが国の科学界の地位が年々低下しています。発表される論文数や、世界のトップジャーナルに掲載される論文数が、先進国の中で日本だけが減少しています。その原因としては、国の科学技術政策のあり方や大学の改革の遅れなどが指摘されていますが、我々は何とかこの退潮傾向を食い止めたいと苦心しています。次の時代を担う若い研究者の皆さんが意欲的な研究に取り組み、インパクトのある優れた研究成果を挙げていただくことを心から期待しています。

 

本日、滋賀医科大学へ入学された皆さんの学生生活、大学院生活が楽しく充実したものになることを心から祈念し、お祝いの言葉といたします。