平成31年3月8日
滋賀医科大学長 塩田 浩平(しおた こうへい)

本日ここに、ご来賓各位並びに本学教職員のご臨席を賜り、平成30年度 滋賀医科大学卒業式を挙行できますことは、本学にとって大きな喜びであります。医学科を卒業される117名、看護学科を卒業される65名の皆さん、ご卒業おめでとうございます。ご家族の皆様にも、心からお慶びを申し上げます。

皆さんは、本日学士を得て平成最後の本学卒業生として卒業されるわけですが、この日を迎えることができたのは、もとより皆さん自身のたゆまぬ努力によるものでありますが、同時にこれまで皆さんを育て支えてくださったご家族の方々、そして皆さんを指導し励ましてこられた多くの先生や友人のおかげ でもあります。そのことを今日もう一度思い起こし、感謝していただきたいと思います。

滋賀医科大学は創立から45年が経過しましたが、その間に5千人を超える卒業生が本学を巣立ち、彼ら彼女らは全国の医療機関、大学、行政機関などで活躍し、海外で活動している方もあります。そして、卒業生の約3分の1が滋賀県内で医療に従事し、病院や診療所、看護ステーション等で地域医療の主力となって活躍していることは、我々の誇りとするところであります。

皆さんは今、大学生活を終えて社会へ旅立つ喜びと希望に満ちあふれているでしょうが、同時に、これから医療や看護の現場で始める新しい生活に対する緊張感も感じておられることと思います。医療者あるいは医学・看護学の研究者としての道は決して平坦なものではなく、ハードワークと絶えざる自己研鑽が要求されますが、それだけに、病める人を治療して感謝されたとき、また自らの目標を達成したときに得られる喜びや充足感は大きなものがあります。皆さん一人一人が医学部を目指したときの初心を今一度思い出し、本学での4年間または6年間で学んだことを糧として、それぞれの道で大きく飛躍されることを心から期待しています。

いま、世界の情勢も医学医療の世界も大きな変動の時代を迎えています。わが国においては急速な少子高齢化が進行し、皆さんが医療・看護の中心となって活躍する頃には超高齢社会が到来します。いま計画されているように、病院が急性期、回復期、慢性期などに機能分化し、地域包括ケアが一般的になってくると、医師や看護師の役割もこれまでとは大きく様変わりすると予想されます。

さらに、医療や介護の分野でもICT化が進み、日常の診療や看護業務の中に人工知能(AI)やIoTが入り込んできています。したがって、これからの医療関係者には高度な情報リテラシーが求められます。同時に、AIには不可能な仕事、例えば、その医師にしかできない卓越した治療、優れた人間性に裏打ちされたコミュニケーションと患者との触れあいなどが、医師や看護師の役割の中で重要性を増してきます。

日本政府は、到来する新しい未来社会を、狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続くSociety5.0と名付けていますが、そこではIoT、ロボット、AI、ビッグデータといった新たな技術や産業が日常生活に広く入り込み、物やサービスが必要な人に、必要な時に必要なだけ提供されて、社会システム全体が最適化されると構想されています。その中には、当然ながら医学・医療の変革も含まれています。皆さんが第一線で活躍する10年先、20年先の世界は、おそらく現在の我々の想像を超えたものになっているでしょう。したがって、これからの時代はこれまでの延長線上にはなく、従来の常識や考え方が通用しなくなる可能性が高いのですが、これは見方を変えると、今の若い人々が全く新しい世界に挑戦し、新たな価値を創造していくことができるというエキサイティングな時代が待ち受けているということでもあります。皆さんはぜひ旺盛なチャレンジ精神をもって新しい時代を切り拓き、そこでリーダーとなって活躍して下さい。

もう一つ皆さんに強調しておきたいことは、医療人は社会の中でも特に優れた人間性と高い倫理観が求められるということです。医師や看護師は人々の健康や病気の治療に責任を持つ立場にあり、その力量や言動が患者さんなどの人生を大きく左右する可能性があります。このことを忘れず、これからも医療や看護の研鑽を続けると共に、広い教養を身につけて人間力を高めるための努力を一生続けていただきたいと思います。

さて、昨年12月に本庶佑先生がノーベル生理学・医学賞を受賞されたのは、我々の記憶に新しいところですが、本庶先生は本学の学外有識者会議の委員をお務めいただいていますので、本庶先生のノーベル賞ご受賞は滋賀医科大学にとっても大変うれしいニュースでした。本庶先生はご高名な免疫学者であり、これまでに抗体の多様性など数々の卓越した業績を挙げてこられました。1992年に本庶先生のグループがPD-1分子を発見されましたが、その機能解析から、PD-1を阻害する抗PD-1抗体ががん細胞の働きを抑制することを発見され、免疫チェックポイント阻害剤「オプジーボ(ニボル マブ)」を開発されました。この画期的ながん治療薬によってがん免疫療法の分野が急速に発展し、これまで有効な治療法がなかった多くの難治性がんの患者の命が救われています。

本庶先生と共同研究者は、免疫細胞の細胞死 (Programmed cell Death)のメカニズムを調べようとしていた研究の中で、PD-1遺伝子を働かなくしたマウスの臓器に自己免疫疾患のような病変が起こったことを見逃さず、その解析から抗 PD-1抗体の重要な機能を明らかにされました。癌の研究者ではない本庶先生が、免疫学の研究を進める中で全く新しいメカニズムの抗がん剤を開発されたことは「セレンディピティ」(偶然に幸運に巡り会うこと)の典型例のような話であります。先生と共同研究者の慧眼がなければこの重要な発見はなかったわけで、「幸運は用意された心のみに宿る」というパスツールの言葉が思い起こされます。

本庶先生は、受賞後に様々な発言をされています。例えば「研究で重要なのは好奇心、そして自分の目で確かめるまでは信じないこと」「何ができるかではなく、何を自分が明らかにしたいかを考えて研究しなければならない」などの言葉は我々に大きな示唆を与えてくれています。こうした「リサーチマインド」は、決して研究者だけの専有物ではありません。臨床家も患者さんを診察する中で、日々新たな発見があります。臨床で発見される新しい症候群の多くは、少数例の特徴ある患者さんを診察した医師の気づきが端緒になって発見されたものです。皆さんも、どのような仕事についても、探求心と科学的興味をもって患者さんや研究対象に向き合い、新しいことを発見することに喜びを感じていただきたいと思います。

皆さんはこれから、滋賀医科大学や外部の医療機関で臨床研修や業務に従事することになります。どこで働くことになっても、皆さんが大学生活を共にしたクラスメートや先輩・後輩は一生の友人であり、よき相談相手になります。このキャンパスで巡り会った縁を大切にし、卒業後も友情をはぐくみ、また互いに切磋琢磨して下さい。滋賀医科大学とその同窓会である湖医会は、卒業後も皆さんの活動を応援していきます。皆さんは、この滋賀医科大学を巣立っても、折に触れてこのキャンパスを訪れてください。滋賀県は素晴らしい自然環境と文化に恵まれています。他府県で仕事を始める方も、将来、滋賀医科大学、滋賀県に戻って活躍していただければ大変うれしく思います。

皆さんのこれからの人生が希望に満ち充実したものになることを心から祈念して、ご卒業に当たっての私からの祝辞といたします。