令和2年4月3日
滋賀医科大学長 上本 伸二(うえもと しんじ)

滋賀医科大学に入学された医学科110名、看護学科60名の皆さん、この度のご入学、大変おめでとうございます。滋賀医科大学を代表して皆さんを歓迎し、心からお慶び申し上げます。また、新型コロナウイルス感染症の流行のため、本日の入学宣誓式に保護者の方々をお迎えすることはできませんでしたが、長年にわたりお子様の成長を見守り、勉学を支えてこられましたご両親やご家族の皆様にお祝い申し上げます。

新入生の皆さんはハードルの高い入学試験を乗り越えてこられました。医学部入試は今でも厳しい受験戦争だと言われております。受験勉強に明け暮れる高校生活というネガティブな側面のみを強調されることもありますが、競争を乗り越えてこられた皆さんの高い学力は不断の努力と能力の賜物であり、これからの人生を生き抜く自信と誇りとして素直に胸の内に秘めていてほしいと思います。一方で、大学入学は真っ白なスタートです。これまでの頑張りはいったん横において、改めて謙虚な気持ちになって、医師、看護師、保健師、助産師という社会に貢献する未来の姿を思い浮かべながら勉学に励み、充実した楽しい学生生活のスタートを切ってください。

大学院博士課程へ進学された21名、修士課程へ進学された6名の皆さん、ご進学おめでとうございます。皆さんの多くは医療の現場で経験を積まれ、その中で未解決な課題が多いことに驚かれたのではないでしょうか。そして、これからはそれぞれが見つけられた課題を解決するための研究に打ち込まれることと思います。しかし、これまでの先輩たちが解決できなかったこと、解決しようとしなかったことに挑戦するわけですから、考え抜く力とそこから到達できる独創的な発想が必要になります。まずは研究の基礎をしっかりと学ぶことが大切ですが、その先は独自の研究を展開してほしいと思います。

滋賀医科大学は滋賀県下唯一の医学部として1974年に開校し、優れた医療人を輩出して滋賀県の地域医療と高度医療に中心的役割を果たし、滋賀県民の命と健康を守ってまいりました。わが国の平均寿命は女性が87歳で世界一であり、男性も81歳で世界のトップクラスにありますが、翻って考えますとそれだけ高齢化が進んでいることになり、医療の重要性は益々大きくなっています。滋賀県におきましては、男性は日本一の長寿の県であり滋賀県民は健康優良であるとの栄誉を得ておりますが、同様に高齢化の進行があることを理解しなければなりません。滋賀医科大学は「地域に支えられ、地域に貢献し、世界に羽ばたく」大学として信頼を築いてきましたが、高齢化が進む滋賀県においてその使命はますます重要となってきております。本日お迎えした若い皆さんが我々の仲間に加わり、しっかりと学んだ上で将来の滋賀医科大学と滋賀県の医療を担ってほしいと思います。医学科は6年間、看護学科は4年間の学部生活ですが、医療の分野を志す皆さんの多くはその年限だけで滋賀医科大学との関係が終わるわけではありません。卒業後に医師・看護師となって卒後研修を滋賀医科大学や関係病院で開始し、さらに将来進みたい専門分野で専攻医研修を行い一人前の医師になる長い道のりがあります。また、多くの滋賀医科大学卒業生が、本日進学された大学院生のように大学院生として医学研究に進まれることを希望しており、全国的規模から国際的規模まで視野に入れた新しい医学と医療を切り開いてほしいと願っております。

さて、現在の世界における価値観は混沌としています。東西冷戦という時代の後にグローバリズムという理念が広がりました。東西冷戦時代の後に生まれた若い皆さんはこのグローバリズムという崇高な理念を当たり前のように受け入れている人が多いと思いますが、アメリカの自国第一主義の動き、イギリスのEUからの離脱、EU諸国の難民受け入れ拒否などのように次第にこの理念に反する世界的な動きがみられるようになってきました。グローバリズムを素直に考えてみますと“世界中の人類が全員幸せに暮らせるように皆さんが力を合わせて努力しましょう”という高らかな平和思想が強調されるのですが、その理念を達成するための具体的な行動に考えを移すと“世界中の恵まれない人々にも幸せになるチャンスを与えるようにしましょう”ということになり、この行動目標を資本主義という利益最優先のコンセプトのみで推進するだけで、残された弱者の救済を配慮しない場合には、知らないうちに先進国社会の中で貧富の格差が益々拡大される負の側面があることを理解しておく必要があります。このように物事には二面性があるという現実において、これから大人の仲間入りをする若い皆さんには物事を無批判に受け入れるのではなく、物事の表と裏を考えることを少しずつ学び始めていただきたいと願っております。もちろん、これから医学や看護学という学問に飛び込んでいく皆さんにとっては、どん欲に新しい知識を吸収することが最も重要であることは改めて言うまでもありません。「物事を素直に受け入れる広い心を持ちながら論理的な批判精神を涵養する」という学びの態度、皆さんの先輩である我々にとってもなかなか実践は難しいのですが、新しい社会のリーダーとなる皆さんには是非ともこの柔軟な学びの態度を獲得してほしいと思います。

本日、大学院では博士課程と修士課程へ併せて27名の皆さんを迎えました。先ほどは社会におけるグローバリズムの功罪を述べましたが、科学におけるグローバリズムは一貫して正しい考えであると私は理解しております。特に真実が一つである自然科学においては、真実の追求である研究はグローバルな環境での批評に耐えなければなりませんし、最終成果はinternational journalの論文として完成されます。そのためには英語の能力向上も極めて重要ですので、海外学会での発表や留学生との交友を含めて研究に打ち込める大学院時代を有効に活用してください。そして、大学院時代に培った実績と能力をバネにして海外留学の道にも進んでほしいと思います。海外留学で研究のレベルを高めるとともに、外国での生活を通して肌身で異文化を理解することと留学の時に出会った友人は、皆さんのキャリアパスにおいて一生の宝物となるはずです。常に世界に目を向けて研究を推進すること、そして繰り返しになりますが研究を考え抜く不断の努力を通して自らの独創的な研究を展開すること、この2つのキーワードを胸に秘めて頑張ってください。

本日、滋賀医科大学へ入学された皆さんの学生生活、大学院生活が充実して実り多いものになることを心より祈念し、お祝いの言葉といたします。