令和3年3月9日
国立大学法人滋賀医科大学長 上本 伸二

本日ここに、令和2年度滋賀医科大学卒業式ならびに第2回学位授与式を挙行できますことは、本学にとって大きな喜びであります。

医学科を卒業される124名、看護学科を卒業される60名の皆さん、ご卒業おめでとうございます。6年間、または4年間の学業を終えて、この日を迎えられたことに心より敬意を表します。皆さんは本日学士の資格を得て卒業されますが、ここに至ったのは、もとより皆さんの努力によるものであると同時に、これまで皆さんを育て支えてくださったご家族の方々、そして皆さんを指導し励ましてこられた先生や友人のおかげでもあります。そのことに改めて感謝していただきたいと思います。

しかしながら、本日は誠に残念ではありますが、新型コロナウイルス感染症が滋賀県においても未だ終息に至っていない状況ですので、本日の喜ばしい式典にご来賓や皆さんのご家族に列席していただくことができず、簡素な式にせざるを得ませんでした。

昨年からの新型コロナウイルス感染症の蔓延は、卒業される皆さんの学生生活を一変させました。医学科の皆さんの「学外臨床実習」は中止され、学内の附属病院での実習に変更になりましたが、例年のような診療参加型での実習をほとんど行うことができませんでした。そのため、Post-CC OSCEに向けて不安の中で過ごされたことと思いますが、皆さんは立派に合格されました。看護学科の皆さんも、附属病院での「臨地実習」を行うことが困難であったため、ペーパーペイシャントを用いた看護過程の展開などを、オンライン講義で学習されました。また卒業時に行う「看護研究」もさまざまな制約がある中、指導教員のもとで粘り強く取り組まれて、論文を仕上げられました。特に助産師課程の皆さんは、分娩介助実習において極めて厳しい環境の中で実習をやり遂げられたことに敬意を表します。このように厳しい状況の中でも、皆さんはしっかりと努力され乗り越えてこられました。

さて、卒業を迎えた皆さんの今の思いはどのようなものでしょうか。本日は、皆さんが入学した年に思いを綴った「入学に際しての決意書」が返却される日でもありますが、おそらく入学の時の決意に恥じない成長をされて本日を迎えられたことと思います。私は今年度から本学の学長に就任したため、6年前、あるいは4年前の皆さんの決意を読む機会がありませんでしたが、今年度に入学された皆さんの後輩の決意書には目を通しております。医学科学生も看護学科学生も将来はこのようにありたい、という医療者像に思いをはせておりますが、多くの学生の皆さんが描いている医療者の姿は、医療者としての確かな知識と技術を身につけること、そして患者さんと同じ目線で患者さんに寄り添うことができること、この2つを兼ね備えた医師と看護師です。おそらく、皆さんも同じ思いではなかったかと想像いたしますが、この医療者像は世代を超えて、また国を超えて、あるべき医師と看護師の基本形であると確信しております。患者に寄り添って頼りがいのある医療者となることを目指す純粋な心構えをこれからも忘れずに精進してください。

国家試験を終えたばかりで、皆さんは医学と看護学の広い範囲における知識の量に関しては、先輩も凌ぐほどの高いレベルにあります。しかし、これから皆さんが進んでいく専門領域においては入口の知識であり、各専門領域においてはまだまだ知らないことばかりです。特に、医学科卒業生の皆さんは初期研修2年、専攻医研修が3年から5年、そして大学院での研究や留学、あるいは診療をしながらでも疫学研究の基盤は身につけてほしいと思いますので、本当に頼りになる専門医になるには今後10年近くを要すると思います。4月から滋賀県で研修を始める方、他府県で研修を始める方と様々ですが、本学と関連病院では優秀な医療者を育成するための魅力的なキャリアパスプログラムを用意しております。医学科および看護学科卒業生の皆さんには、本学で学んだこれまでの知識や経験を活かしながら、将来は色々な分野で滋賀県の医療に貢献してほしいと思っております。

次に、大学院博士課程を修了し博士(医学)の学位を取得された22名、論文審査に合 格して博士(医学)の学位を取得された5名、修士課程を修了し修士の学位を取得された9名の皆さん、おめでとうございます。皆さんはそれぞれの研究テーマを追求し、立派な論文にまとめられたわけですが、ここに至る道のりは必ずしも平坦ではなかったと思います。研究を続けていると予想外の困難に直面することがしばしばあります。しかし、そうした試練を乗り越えて研究を達成し、今日を迎えられました。そのことに大きな誇りを持ってください。なぜなら、皆さんの研究成果は世界の中で唯一無二のものであり、研究指導者の支援があったものの、さまざまな医学や医療の背景の中で、研究のテーマを自分の頭で考え出し、自力で研究を遂行した経験は極めて大きなものです。今後の皆さんの研究の場においても、医療の現場においても、自分の力で、あるいは仲間と協力して困難を乗り越える大きな力となることでしょう。

私は、今年の卒業生のアルバムに「素直な心と批判的精神の両立」というメッセージを送りました。素直な心は多くの新しいことを学んでいく上で大切な心構えです。特に年齢を重ねるにつれて人間の心は頑固になってくる傾向がありますので、ますます素直な心が重要になってきます。一方で、これから学ぶことのすべてが正しいとは限りません。間違ったことが平然と隠れていることがあります。ちょっと変だなと疑問に思ったら、立ち止まって、“まてよ”と考えてみましょう。なぜなら皆さんの先輩はそのような経験をすることがあり、大きな発見は間違った常識の中に隠れていることが多いからです。

参考までに私の経験をお話しします。25年前の話ですが、当時は、B型肝炎はいったん治癒するとウイルスは完全に排除されると考えられていました。そのような時代に、私は肝臓移植後にB型肝炎を発症した複数の患者を経験したのですが、最初は医療事故ではないかと非難されました。しかし、偶然にしてはそんなに多くの患者がB型肝炎を発症するのはおかしいと考え、健康であるドナーの肝臓をPCRで調査するとB型肝炎ウイルスが存在していることを見つけました。そして、そのようなドナーは全員がB型肝炎の抗体を持っていました。つまり、B型肝炎に罹患すると抗体が陽性になってB型肝炎が治癒しますが、ウイルスは微量ながら体内に潜伏し続けることがわかったのです。改めて考えると、B型肝炎ウイルスはDNAウイルスなので、罹患した後に体内から消失することの方がおかしいことに気付くのですが、それまでは世界中でウイルスは消失するものと経験的に考えられていたのです。その後、肝臓移植だけでなく、がんの治療においてもB型肝炎抗体陽性者は体内に潜伏していたウイルスの再活性化でB型肝炎を発症することを証明し、私の発見が正しいと認められました。そして、B型肝炎の抗体陽性者に対してがん治療などの大きな治療を行う時にはモニタリングを行うことが標準化され、それ以降は医療事故と間違えられるようなB型肝炎の発症はほとんど無くなりました。医学や医療の中には、まだまだそのような間違った常識が隠れています。素直な心と批判的精神の両立は大切なことですので、時々は思い出していただきたいと思います。

本学は3年後に開学50周年を迎えます。これまでに5千人を超える卒業生が巣立ち、滋賀県、全国、海外で活躍しています。そして、皆さんのこれからの活躍が滋賀医科大学の発展を支え、後輩への大きな励みになります。皆さんの前途が希望に満ちた輝かしいものであることを心から祈念して、お祝いの言葉といたします。