大脳皮質地図の可塑性にはReelin遺伝子が関与する

論文タイトル

Synaptic and Genetic Bases of Impaired Motor Learning Associated with Modified Experience-Dependent Cortical Plasticity in Heterozygous Reeler Mutants

掲載誌

Cerebral Cortex

DOI:10.1093/cercor/bhab227

執筆者

Mariko Nishibe, Hiroki Toyoda, Shin-ichiro Hiraga, Toshihide Yamashita and Yu Katsuyama
(太字は本学の関係者)

論文概要

Reelinは統合失調症などの精神疾患との関連が指摘されている遺伝子です。一方で、精神疾患の患者では運動学習に障害があることが示されています。本研究ではReelin遺伝子の発現低下が運動学習にどのような影響を与えるかをマウスを用いて解析しました。
マウスは普段、口を使って餌を取りますが、運動学習によって、じょうずに(前足)で餌を取ることができるようになります。しかしReelin遺伝子の発現が半分になっているヘテロのReelin欠損マウス(HRM)では正常なマウスと比べて、運動学習の効果は見られませんでした(図1B)。
正常なマウスではトレーニングによって(利き手の反対側の)手の運動野の領域が大きくなるのに対してHRMではトレーニングを行っても手の運動を誘導する領域が広がりませんでした(図2)。またHRMではシナプスの長期増強が生じませんでした(図3)。またHRMではトレーニングの有無にかかわらず興奮性および抑制性シナプス後電流の頻度が両方とも常なマウスの大脳皮質ニューロンと比べて低下していることがわかりました(図4)。
さらにシナプスの機能やニューロンの可塑性に関わる遺伝子の発現をみると正常ではトレーニングにより上昇するのに対して、HRMではそのような発現増加は見られませんでした(図5、6)。
以上より本研究では精神疾患との関連が報告されているReelinが運動学習障害の原因にもなっている可能性を明らかにしました。

図1
図1.マウスを用いた餌を手(前足)で取るトレーニング。(A)実験装置。透明なアクリル板でマウスから隔てた手前に餌を置く。板には狭いスリットが開いており、マウスは口で餌を取ることはできないが手を伸ばせば餌を取ることができる。(B)10日間のトレーニングの結果。正常なマウスではトレーニングによって手で餌を掴む成績が向上するが、ヘテロのReelin欠損マウス(HRM)では成績は向上しない。
図2
図2.正常なマウスはトレーニングされた手とは反対側の大脳皮質において電気刺激によって手の運動が誘発される領域が広がるが、ヘテロのReelin欠損マウス(HRM)ではそのような大脳皮質地図の変化は見られない。各青丸・オレンジ丸は各実験で大脳皮質で運動を誘導した領域面積の結果を示す。
図3
図3.大脳皮質連合ニューロンのシナプス強化(EPSC;興奮性後シナプス電流)はトレーニング以前の正常マウスでのみ観察された(赤い矢印)。
図4
図4.ヘテロのReelin欠損マウス(HRM)では興奮性(A)および抑制性(B)の後シナプス電流の頻度がトレーニングの前、後にかかわらず正常に比べて低下している。
図5
図5.正常なマウスの大脳皮質運動野では、トレーニングによってシナプス関連遺伝子(Syp)とニューロンの興奮によって発現する遺伝子(Junb)の発現上昇が見られるが、ヘテロのReelin欠損マウスでは見られない。各青丸・オレンジ丸は各実験の遺伝子発現解析結果を示す。
図6
図6.RNA sequenceによってReelin依存的にトレーニングによって発現変化がある遺伝子の検索を行った。正常なマウスの大脳皮質運動野ではトレーニングによって運動神経機能と関連するSmn1遺伝子と記憶学習に関与するTrappc9遺伝子の発現上昇が起こるが、へテロのReelin欠損マウス(HRM)ではこれらの遺伝子発現上昇は見られない。

文責

解剖学講座(神経形態学部門) 勝山 裕