ヒト乳がん移植マウスにおいてmTOR阻害薬であるラパマイシンは抗がん剤による卵巣毒性の軽減と乳がんの増殖抑制を両立する

論文タイトル

Rapamycin prevents cyclophosphamide-induced ovarian follicular loss and potentially inhibits tumour proliferation in a breast cancer xenograft mouse model

掲載誌

Human Reproduction

DOI:10.1093/humrep/deae085

執筆者

Yuji Tanaka, Tsukuru Amano, Akiko Nakamura, Fumi Yoshino, Akie Takebayashi, Akimasa Takahashi, Hiroyuki Yamanaka, Ayako Inatomi, Tetsuro Hanada, Yutaka Yoneoka, Shunichiro Tsuji, Takashi Murakami
(太字は本学の関係者)

論文概要

乳がんは思春期・若年成人女性に最も多いがんであり、術後には卵巣に影響を与えやすいシクロホスファミドなどの抗がん剤が使用されます。そのため、治療を受ける方は妊孕性(将来妊娠できる可能性)の低下と再発という二つの不安を抱えることになります。私たちは、抗腫瘍効果を持つ卵巣保護薬を用い、卵巣への影響を抑えつつ治療効果を高める方法を考案しました。従来の研究ではホルモン剤の有効性は限定的であり、非ホルモン作用型の戦略が望まれます。私たちはこれまで、抗がん剤による卵巣の障害はmTOR (mammalian target of rapamycin)経路の活性化で起こること、再発乳がん治療薬でもあるmTOR阻害薬が卵巣や子宮内膜への毒性を軽減することを明らかにしてきました。しかし、卵巣保護と腫瘍抑制を同時に評価した報告はありません。本研究では、乳がん移植マウスに高用量シクロホスファミドとmTOR阻害薬を併用したところ、卵胞発育の過剰活性化が抑えられ、原始卵胞の消耗が軽減されるとともに、腫瘍の細胞増殖も抑制されることがわかりました。本研究は、乳がん治療において妊孕性温存と腫瘍抑制を両立させる可能性を示す初めての研究であり、今後の臨床応用につながることが期待されます。

図1
図1:乳がん治療による妊孕性低下と卵巣保護薬研究の意義。乳がん治療に用いられる抗がん剤は卵巣毒性が高く、妊孕性低下を引き起こします。妊孕性温存の標準的手段は抗がん剤投与前の卵子・胚凍結保存ですが、治療開始前の限られた期間で決断を迫られること、がん治療への影響に対する心理的な不安、さらに経済的負担や国際的な地域格差といった社会的障害も大きく、実施率は欧米においても4〜18%にとどまっています。一方で、抗腫瘍効果を併せ持つ卵巣保護薬は、卵子・胚凍結保存を補助あるいは代替する新たな戦略として期待され、妊孕性低下に対する根本的な解決策となり得ます。本研究では、臨床条件に近い乳がん移植マウスを用いて、卵巣保護効果と抗腫瘍効果の両立が可能であるかを検証しました。

1: Tanaka et al. Exp Anim. 2018
2. Nakamura, Tanaka et al. Sci Rep. 2025
3: Tanaka et al. Clin Exp Reprod Med. 2025
4: Tanaka et al. Ann Hematol. 2024
5: Nakamura, Tanaka et al. Mol Hum Reprod. 2024
6: Tanaka er al. F&S Rev. 2025
図2
図2:本研究の結果。乳がんでは高頻度にmTOR経路が活性化し、細胞増殖を促進して腫瘍の進展に寄与します。シクロホスファミド単独投与では、卵巣においてmTOR経路の活性化を介して原始卵胞が過剰に発育し(“Burn out”)、卵胞が失われます。一方、mTOR阻害薬をシクロホスファミドと併用すると、卵巣ではmTOR経路が抑制され、卵胞発育が抑えられることで卵胞喪失が軽減されます。乳がんに対してもmTOR経路の抑制により細胞増殖が抑制され、抗腫瘍効果が増強されます。

文責

産科学婦人科学講座(女性) 田中 佑治