社会的要因と高コレステロール血症の有病・治療との関連 NIPPON DATA2010より

論文タイトル

Associations between socioeconomic status and the prevalence and treatment of hypercholesterolemia in a general Japanese population: NIPPON DATA2010.

掲載誌

Journal of Atherosclerosis and Thrombosis

doi:10.5551/jat.42531

執筆者

Fujiyoshi N, Arima H, Satoh A, Ojima T, Nishi N, Okuda N, Kadota A, Ohkubo T, Hozawa A, Nakaya N, Fujiyoshi A, Okamura T, Ueshima H, Okayama A, Miura K, NIPPON DATA2010 Research Group

概要

長期追跡研究 “NIPPON DATA 2010*1” の分析から、男性において高コレステロール血症の有病に経済的要因が、治療状況に婚姻状態が影響していることが示唆されました。

本研究では、NIPPON DATA 2010のうち、必要なデータに欠損のない男性999人 (平均年齢59.1歳)、女性1,418人 (平均年齢57.2歳) の計2,417人を対象に分析を行い、血清総コレステロール240mg/dl以上若しくはコレステロール低下薬の服用者を有病者、有病者の中でコレステロール低下薬を服用していない者を未治療者と定義しました。社会的要因は、婚姻状態、就業の有無、学歴、世帯等価支出(世帯支出を世帯構成員の平方根で除した額)の4項目とし、男女別に比較しました。

有病者は、男性において21.5% (うち55.4%が未治療)、女性では31.0% (同 55.1%) でした。多重ロジスティック回帰分析の結果、男性の有病オッズ比は世帯等価支出『第2五分位以上 (支出額を順に並べ対象人数で5等分した際、低い方から20%を超える群)』を基準とした『第1五分位 (同 20%以下の群)』で1.66倍 (95%信頼区間: 1.16 – 2.38)、未治療オッズ比は『既婚群』を基準とした『独身群』で2.53倍 (95 %信頼区間: 1.05 – 6.08) と有意な差をみとめました。女性は、有病・治療ともに、社会的要因とも関連をみとめませんでした。

これらの知見は、今後の我が国における、健康格差が及ぼす高コレステロール血症への影響について保健指導や医療政策などの施策を検討する際に、考慮すべき要因となると考えられます。

*1 NIPPON DATA 2010: 無作為抽出された日本全国300 地区の一般住民に対して実施された平成22年国民健康・栄養調査の参加者のうち、20歳以上の男女2,898人対象とした長期追跡研究。NIPPON DATA研究は、厚生労働科学研究費補助金 (循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業)(指定型)「社会的要因を含む生活習慣病リスク要因の解明を目指した国民代表集団の大規模コホート研究: NIPPON DATA80/90/2010 (研究代表者: 三浦克之)」として実施されている。

ウェブサイト:  https://hs-web.shiga-med.ac.jp/Nippondata/NIPPONDATA2010/

画像 Associations between socioeconomic status and the prevalence and treatment of hypercholesterolemia in a general Japanese population: NIPPON DATA2010.画像 Associations between socioeconomic status and the prevalence and treatment of hypercholesterolemia in a general Japanese population: NIPPON DATA2010.

文責

社会医学講座(公衆衛生学部門) 三浦 克之

神経難病である多系統萎縮症の細胞内封入体形成メカニズムを一部解明

―病態解明と治療法開発に向けた細胞モデルの樹立―

論文タイトル

Pathological Endogenous α-Synuclein Accumulation in Oligodendrocyte Precursor Cells Potentially Induces Inclusions in Multiple System Atrophy

掲載誌

Stem Cell Reports

DOI

https://doi.org/10.1016/j.stemcr.2017.12.001

執筆者

Seiji Kaji, Takakuni Maki, Hisanori Kinoshita, Norihito Uemura, Takashi Ayaki, Yasuhiro Kawamoto, Takahiro Furuta, Makoto Urushitani, Masato Hasegawa, Yusuke Kinoshita, Yuichi Ono, Xiaobo Mao, Tran H. Quach, Kazuhiro Iwai, Valina L. Dawson,Ted M. Dawson, Ryosuke Takahashi,

概要

多形性萎縮症は、小脳や自律神経の異常から歩行障害や自律神経障害を発症する神経難病の一つです。診断からの予後が6-7年といわれており、現時点で有効な治療法はありません。発症原因は不明ですが、α-シヌクレインという機能不明のタンパク質がオリゴデンドロサイト細胞 (OLG)内に凝集体として蓄積していることが知られています。OLGは神経細胞の活動を助けたり保護する細胞で、オリゴデンドロサイト前駆細胞 (OPC) が分化して作られます。

この論文では、1) OPCの外部に異常なα-シヌクレインが存在すると、OPC内部のα-シヌクレインが異常な構造に変化し蓄積すること、2) 異常なα-シヌクレインが蓄積したままOLGに分化すると封入体と呼ばれる構造が形成され、多形性萎縮症患者のOLGと似た状態となること、を報告しています。

多形性萎縮症の細胞状態を実験的に再現することができたことから、病態の解明や治療薬の発見につながる研究を加速することが期待できます。

画像 Pathological Endogenous α-Synuclein Accumulation in Oligodendrocyte Precursor Cells Potentially Induces Inclusions in Multiple System Atrophy

文責

内科学講座(神経内科) 漆谷 真

コレステロールは胆汁酸に対するリン脂質の細胞保護作用を弱める

Cholesterol attenuates cytoprotective effects of phosphatidylcholine against bile salts

Sci. Rep. 2017, 7 : 306 doi: 10.1038/s41598-017-00476-2.

執筆者

Ikeda Y, Morita SY, Tomohiro T

概要

肝臓から分泌される胆汁に含まれる胆汁酸は、脂質やビタミンの腸管吸収促進や体内コレステロールの調節など様々な生理的役割を果たしている。胆汁酸には、細胞膜を崩壊させる強力な界面活性作用があるにもかかわらず、正常な肝細胞は胆汁酸による損傷を受けない。また、胆汁にはリン脂質(主にホスファチジルコリン)とコレステロールも含まれており、これらが胆汁酸の界面活性作用を弱め、肝細胞を胆汁酸から保護していると考えられていた。実際、何らかの異常により胆汁中のリン脂質が減少すると、胆汁酸が肝細胞を傷つけ、肝細胞壊死や重篤な胆汁鬱滞が生じることが知られている。しかし、どのようにして肝細胞が胆汁酸から保護されているのかについて、詳細な検討は行われていなかった。

今回、正常ヒト肝細胞ならびにヒト肝モデル細胞(HepG2細胞)を用いて、様々な胆汁酸の細胞に対する毒性を調べたところ、リン脂質(ホスファチジルコリン)は肝細胞に対する胆汁酸の毒性を抑えた。一方で、コレステロールは、胆汁酸に対するリン脂質の肝細胞保護作用を弱めることが示された。さらに、その仕組みについて詳細に検討を行ったところ、リン脂質は胆汁酸と混合した集合体(ミセル)を形成することで、胆汁酸の肝細胞への接触を防ぐが、コレステロールはリン脂質と胆汁酸の混合を妨げることで、胆汁酸の肝細胞への接触を増加させることが判明した。

このように、リン脂質は胆汁酸による肝細胞損傷を防ぐ働きをするが、コレステロールはそのリン脂質の働きを弱めることを新たに明らかにした。このことから、胆汁中のコレステロール増加は、胆汁酸による肝障害のリスクとなることが考えられる。

文責

薬剤部  森田 真也

日本人に多いEGFR変異を持つ肺腺がんの罹りやすさを決める遺伝子領域発見―免疫を司るHLA遺伝子など6遺伝子領域が関与することを解明―

Association of variations in HLA class II and other loci with susceptibility to EGFR-mutated lung adenocarcinoma.

Nature Communications 2016;7:12451. Nature Communications 2016;7:12451. PMID: 27501781

(オーダーメイド医療実現化プロジェクト(滋賀医大病院を含む12医療機関)試料を用いた研究)

執筆者

Shiraishi K, Okada Y, Takahashi A, Kamatani Y, Momozawa Y, Ashikawa K, Kunitoh H, Matsumoto S, Takano A, Shimizu K, Goto A, Tsuta K, Watanabe S, Ohe Y, Watanabe Y, Goto Y, Nokihara H, Furuta K, Yoshida A, Goto K, Hishida T, Tsuboi M, Tsuchihara K, Miyagi Y, Nakayama H, Yokose T, Tanaka K, Nagashima T, Ohtaki Y, Maeda D, Imai K, Minamiya Y, Sakamoto H, Saito A, ShimadaY, Sunami K, Saito M Inazawa J, Nakamura Y, Yoshida T, Yokota J, Matsuda F, Matsuo K, Daigo Y, Kubo M, Kohno T.

概要

世界の肺がん死亡数は全がん死の約17%を占め最多であり、予後は不良である。その中でEGFR遺伝子変異陽性肺腺がんは日本人を含むアジア人に多い傾向がある。

我々は、日本人の肺腺がん患者(EGFR変異陽性がん3,173例、EGFR変異陰性がん3,694例)とがんに罹患していない集団(15,158例)のサンプルを用いて高速大量タイピングシステムにより70万個の遺伝子多型(SNP)のゲノムワイド関連解析を行い、EGFR変異陽性の肺腺がんの発症に関わる6つの遺伝子領域を同定した。その一つである免疫応答の個人差の原因となるHLAクラスII遺伝子産物であるHLA-DPB1タンパク質の57番目のアミノ酸置換を起こす多型はEGFR変異陽性肺腺がんの罹患性を決める因子のひとつと考えられた。これらの結果は、EGFR変異を起こした細胞に対する抗腫瘍免疫応答の個人差が、EGFR変異陽性肺腺がんへの罹りやすさに関与する可能性を示唆している。

今後、これらの遺伝素因と環境要因を組み合わせることで、肺腺がんの発症リスク診断法や新たな治療薬の開発に寄与することが期待される。

文責

臨床腫瘍学講座・腫瘍内科・腫瘍センター  醍醐 弥太郎

ヒト虚血心筋において生き残る心筋前駆細胞の同定

Identification of cardiac progenitors that survive in the ischemic human heart after ventricular myocyte death

Sci Rep. 2017, 7: 41318. doi: 10.1038/srep41318. PMID: 28120944

執筆者

Mariko Omatsu-Kanbe, Nozomi Nozuchi, Yuka Nishino, Ken-ichi Mukaisho, Hiroyuki Sugihara and Hiroshi Matsuura

概要

Atypically-shaped cardiomyocytes(ACMs)は,成体マウスの心室組織から単離された細胞である。ACMsは低酸素環境に耐性を有し,培養すると自発的に大きく成長して拍動を開始することから,分化の進んだ心筋前駆細胞の一種であると考えられている。正常なマウスおよびヒトの心室組織では,ACMsはプリオンタンパク質(Prion protein, PrP)と収縮タンパク質である心筋型トロポニンT(cardiac troponin T, cTnT)を共発現する小型の間隙細胞(PrP+ cTnT+細胞)として存在している。

今回,心筋梗塞を伴うヒト左心室組織のパラフィン標本を組織学的に調べた結果,正常部位と梗塞部位の境界領域にACMs(PrP+ cTnT+細胞)が存在することを見出した。また,慢性的な虚血によって引き起こされる冬眠心筋組織中にもその存在が確認された。正常な心室組織では全細胞に対するACMsの細胞数の割合は0.3~0.8%であった。梗塞心筋におけるその割合の有意な増減は観察されず,虚血によるACMsの増殖は確認されなかった。死後約2時間半にて施行された病理解剖で得られた左心室組織を酵素処理したところ,心筋の生細胞は見られなかったが,約25日間の培養後に収縮タンパク質を発現するACMsの存在が確認された。

これらの結果から,ヒト虚血心筋においてACMsは心室筋細胞の死滅後も生き残り,周辺環境の変化によって心筋細胞のsubtype細胞に成長する可能性が示唆された。

なお、本研究は、登録研究医コースの学生2名が実験に参加し、共著者となった研究である。

文責

生理学講座(細胞機能生理学)  尾松 万里子

喫煙習慣は全身の血管で動脈硬化の進展に影響する~滋賀動脈硬化疫学研究SESSAより~

Smoking, Smoking Cessation, and Measures of Subclinical Atherosclerosis in Multiple Vascular Beds in Japanese Men.

J Am Heart Assoc. 5(9). pii: e003738, 2016. doi: 10.1161/JAHA.116.003738.

執筆者

Hisamatsu T, Miura K, Arima H, Kadota A, Kadowaki S, Torii S, Suzuki S, Miyagawa N, Sato A, Yamazoe M, Fujiyoshi A, Ohkubo T, Yamamoto T, Murata K, Abbott RD, Sekikawa A, Horie M, Ueshima H; Shiga Epidemiological Study of Subclinical Atherosclerosis (SESSA) Research Group.

概要

滋賀動脈硬化疫学研究(Shiga Epidemiological Study of Subclinical Atherosclerosis, SESSA)は滋賀県草津市住民より無作為に抽出された一般集団を対象に実施している動脈硬化と認知症およびその関連要因に関する疫学研究である。

本研究は、生涯喫煙量(pack-year)や禁煙期間を含めた詳細な喫煙習慣と、冠動脈、頚動脈、大動脈、および末梢動脈における潜在性動脈硬化との関連を明らかにすることを目的とした。

滋賀県草津市住民から無作為に抽出された、2006-2008年の調査に参加した、心血管病の既往のない健康な40-79歳の男性1019名を対象とした。

対象者のうち、32%が現在喫煙者、50%が過去に喫煙していたが禁煙した人、18%が生涯非喫煙者であった。冠動脈石灰化・頚動脈肥厚・大動脈石灰化増加およびAnkle-Brachial Index(ABI)の低下に対する調整オッズ比は、生涯非喫煙者と比較して、禁煙者(頚動脈肥厚1.9倍、大動脈石灰化2.6倍)、現在喫煙者(冠動脈石灰化1.8倍、頚動脈肥厚1.9倍、大動脈石灰化4.3倍、ABI5.2倍)の順で大きく、特に現在喫煙者は全ての動脈硬化指標と強い関連を認めた。また生涯喫煙量(pack-year=1日に吸う箱数×喫煙年数)が増加するにしたがい、冠動脈石灰化・頚動脈肥厚・大動脈石灰化増加およびABI低下の調整オッズ比はより大きくなった。また、禁煙期間が長いほど冠動脈石灰化・頚動脈肥厚・大動脈石灰化増加およびABI低下の調整オッズ比は非喫煙者に近づいた。

喫煙習慣と動脈硬化性疾患(心筋梗塞や脳梗塞)との関連については世界中の疫学研究から示されてきたが、今回、日本人男性において全身の様々な部位の潜在性動脈硬化を測定し、詳しい喫煙習慣との関連を分析した。その結果、潜在性動脈硬化リスクは、生涯喫煙量の多い喫煙者ほど大きく、早期に禁煙した禁煙者ほど小さいことが明らかとなり、これは冠動脈・頚動脈・大動脈・末梢動脈のいずれの部位の指標でみても同様であった。これらの指標は、部位が異なるだけでなく、血管の石灰化、血管内膜・中膜の肥厚、血流の障害といった、動脈硬化が血管に及ぼす異なる側面を反映している。今回の結果は、喫煙が全身の血管において動脈硬化を進展させる(=悪化させる)という明瞭な結果であった。動脈硬化による心臓病や脳卒中を予防するためには、先ずタバコを吸い始めないこと、また、喫煙者では出来るだけ早く禁煙して動脈硬化が進むのを予防することが大切であることを示した。なお、本報告は日本・アジアからは初めてのものであり世界的に見ても貴重である。

文責

社会医学講座(公衆衛生学)  三浦 克之

心筋介在板に存在するタンパク質アファディンが慢性的な圧負荷による心筋障害を抑制

Protective effects of intercalated disk protein afadin on chronic pressure overload-induced myocardial damage.

Sci Rep. 2017; 7: 39335. doi: 10.1038/srep39335. PMID: 28045017

執筆者

Zankov DP, Shimizu A, Tanaka-Okamoto M, Miyoshi J, Ogita H.

概要

超高齢化社会の日本において慢性心不全の患者数は年々増加している。慢性心不全は5年生存率が約50%しかない予後不良の病態である。慢性心不全の機序については不明な点も多く残されており、この病態の根本的な治療の難しさにつながっている。アファディンは多くの組織において、細胞どうしの接着部位に存在するタンパク質である。心筋でも心筋細胞どうしの接着部位である介在板にアファディンは存在する。介在板には他にも様々なタンパク質が存在し、そのいくつかについては心臓の働きに関連することが報告されている。しかし、心筋細胞のアファディンの作用については不明であった。

まず、心筋細胞特異的アファディンノックアウトマウスを作製した。次に、大動脈弓部を狭窄する処置を行い、マウス心臓に過負荷をかけた。このようなマウスを8週間飼育すると、ノックアウトマウスでは、野生型のマウスと比較して、早期に心機能が低下し、心不全の状態となった。すなわち、アファディンが存在することで心不全を抑制していることが明らかになった。

ノックアウトマウスで心不全となる原因について検討したところ、i)心臓内にマクロファージが多く侵入して炎症が生じ、ii)心筋細胞の一部が線維化し、さらに、iii)心筋細胞のアポトーシスが増加していた。また、アファディンは、心筋細胞においてトランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)受容体と結合し、TGFβ受容体下流のシグナル分子(Akt、Smad、TAK)の作用を制御していた。アファディンはこれらのシグナル伝達制御系を介して、上記i)、ii)、iii)が生じることを阻害し、心不全になることを抑制していた。一方、アファディンノックアウトマウスでは、この制御系が破綻してしまうために心不全になっていた。

文責

生化学・分子生物学講座(分子病態生化学)  扇田 久和

肺癌の異所性PD-L1発現におけるRAS-MAPKシグナルの役割を解明

RAS-Mitogen-Activated Protein Kinase Signal Is Required for Enhanced PD-L1 Expression in Human Lung Cancers.

PLOS ONE. 2016, 11(11): e0166626. Doi: 10.1371/journal.pone.0166626.

(大学活性化経費および学長裁量経費支援研究)

執筆者

Sumimoto H, Takano A, Teramoto K, Daigo Y.

概要

Programmed cell death ligand 1 (PD-L1)はマクロファージや樹状細胞などの免疫細胞に加え、血管内皮細胞及び上皮細胞などの正常細胞上に発現し、抗原に感作されたT細胞上に発現するprogrammed cell death 1 (PD-1)のリガンドとしてT細胞受容体シグナルを抑制する機能を持ち、過剰なT細胞性免疫応答のブレーキとして重要な分子である。一方、肺癌を含む様々な悪性腫瘍におけるPD-L1の異所性発現は、宿主による抗腫瘍免疫応答からの逃避機構として働くことが知られている。

ヒト肺癌細胞株パネルにおいて、PD-L1陽性細胞ではPD-L1陰性細胞と比べて有意にKRASまたはEGFR遺伝子変異の頻度が高いことから、これらに関連する下流シグナル(RAS-MAPK、STAT3、PI3K-AKT)のPD-L1発現機構における役割を解析した。結果、RAS-MAPKシグナルがPD-L1発現を誘導する主要な因子の一つであり、一方、STAT3シグナルは一部の肺癌細胞でPD-L1発現に関わることが明らかとなった。また、PD-L1陽性ヒト肺癌細胞株と陰性株の網羅的遺伝子発現解析データを用いたSupervised cluster解析およびGene Set Enrichment Analysis (GSEA)解析では、PD-L1陽性細胞でMAPKの下流分子を含む細胞運動・接着に関わる遺伝子群の発現やシグナル経路の活性化が認められた。

MAPKシグナルを制御する分子の活性化は、細胞増殖・運動など癌の悪性形質に深く関わるが、一方で癌細胞におけるPD-L1発現を介した免疫逃避機構にも関与する可能性が示唆され、新たな治療戦略に基づいた癌の分子療法を開発する上で重要な知見と考えられた。

文責

臨床腫瘍学講座・腫瘍内科・腫瘍センター  醍醐 弥太郎

高血圧治療におけるペプチド分解酵素Dipeptidyl peptidase Ⅲの新たな役割

Novel Therapeutic Role for Dipeptidyl Peptidase Ⅲ in the Treatment of Hypertension.

Hypertension. 2016; 68: 630-641. Doi: 10.1161/HYPERTENSIONAHA.116.07357.

執筆者

Xiaoling Pang, Akio Shimizu, Souichi Kurita S, Dimitar P. Zankov, Keisuke Takeuchi, Mako Yasuda-Yamahara, Shinji Kume, Tetsuo Ishida, Hisakazu Ogita.

概要

生活習慣病の代表的疾患である高血圧に対して、現在までに様々な種類の降圧薬が開発され臨床応用されているものの、日本を含む先進国では高血圧患者数は増加の一途である。このことは既存の治療薬で十分ではなく、さらに新たな機序の降圧薬が必要であるということを意味している。DPP Ⅲ(Dipeptidyl peptidase Ⅲ)は分子量約80kDaのタンパク質であり、3から10アミノ酸で構成されるポリペプチドのうち、特定の配列を持つポリペプチドのN末端2残基を分解するペプチド分解酵素である。これまでに、DPP ⅢがアンジオテンシンⅡ(アミノ酸8残基からなるポリペプチド)を分解できるとの報告はあったものの、その詳細については全く不明であった。

DPP ⅢがアンジオテンシンⅡを分解する酵素学的特性の詳細を明らかにした(ミカエリス定数Km = 3.7 × 10-6mol/L、最大反応速度Vmax = 3.3 × 10-9 mol/L/sec)。次に、アンジオテンシンⅡ負荷により高血圧状態にしたマウスにDPP Ⅲを尾静脈から投与すると、有意に血圧が低下した。また、静脈投与したDPP Ⅲは、約1日で体内からほぼ消失した。DPP Ⅲによる降圧効果は、ノルアドレナリン負荷による高血圧マウスや、正常血圧マウスでは見られなかったことから、アンジオテンシンⅡ特異的な作用であると考えられた。

アンジオテンシンⅡ負荷の初期からDPP Ⅲを2日に1回ずつ長期間連続投与した場合、アンジオテンシンⅡによる高血圧を抑制できた。高血圧が持続すると、心臓では心肥大や線維化、腎臓では尿中アルブミン排泄量が増加するなど様々な臓器障害が生じるが、DPP Ⅲを長期間連続投与するとこれらの臓器障害を抑制することができた。この様なDPP Ⅲの作用については、アンジオテンシン受容体拮抗薬カンデサルタンと同等以上であった。

このように本研究では、DPP ⅢのアンジオテンシンⅡ分解における酵素学的特性の詳細を明らかにすると共に、世界で初めてDPP Ⅲが高血圧動物モデルで降圧作用を発揮することを突き止めた。さらに、DPP Ⅲの長期投与で高血圧から臓器を保護できることを実証した。

文責

生化学・分子生物学講座(分子病態生化学) 扇田 久和

食事中のナトリウムとカリウムの比が高い人で循環器病死亡リスクが増加

Dietary sodium-to-potassium ratio as a risk factor for stroke, cardiovascular disease and all-cause mortality in Japan: The NIPPON DATA80 Cohort Study.

BMJ Open 2016; 6:e011632 Doi:10.1136/bmjopen-2016-011632

執筆者

Okayama A, Okuda N, Miura K, Okamura T,Hayakawa T,Akasaka H, Ohnishi H, Saitoh S, Arai Y, Kiyohara Y, Takashima N, Yoshita K, Fujiyoshi A, Zaid M, Ohkubo T, Ueshima H, on behalf of the NIPPON DATA80 Research Group

概要

国民栄養調査参加者を対象とした長期追跡研究NIPPON DATA(ニッポンデータ)80 において、食事中のナトリウム摂取量とカリウム摂取量の比(Na/K比)が高いほど、その後24年間の循環器病死亡リスクが高いことが明らかとなった。このNIPPON DATA 研究は現在、厚生労働省研究班(指定研究)(研究代表者:滋賀医科大学三浦克之教授)として実施されている。

対象者は、無作為抽出された日本全国300 地区の一般住民を対象として、1980年に実施された国民栄養調査に参加した30 歳以上の成人男女のうち、脳卒中や心筋梗塞の既往歴のある者等を除外した8,283人(男性3,682人、女性4,601人、平均年齢48.8 歳)で、1980 年から2004 年まで24 年間追跡した。

24 年間の追跡期間中、579 人が循環器病(脳卒中または心臓病)で死亡した。対象者を食事中のNa/K比で5群(Q1 からQ5)に分け、性別、年齢、飲酒習慣、喫煙習慣、肥満度、脂質や蛋白質の摂取量などの交絡因子を調整した循環器病死亡リスクを分析した。最も低い群(Q1)を基準(ハザード比1)としたところ、最も高い群(Q5)において、全循環器病死亡リスクは39%高く(ハザード比1.39(95%信頼区間1.20-1.61))、うち脳卒中死亡リスクは43%高かった(ハザード比1.43(95%信頼区間1.17-1.76))。また全死亡リスクも16%高かった(ハザード比1.16(95%信頼区間1.06-1.27))。いずれの死亡リスク上昇も統計学的に有意であった。男女別に解析した結果も同様の傾向を示した。

ナトリウムとカリウムは互いに拮抗的に作用し、ナトリウムは血圧を上昇させ、カリウムはナトリウムの排泄を促進し血圧を下げることはよく知られている。ナトリウムのほとんどは食塩(塩化ナトリウム)から摂取される。日本人の食塩(ナトリウム)摂取量は減少傾向にあるが、国際的には今なおかなり高く、その多くは醤油、味噌などの調味料や漬物など加工食品から摂取される。また日本人のカリウム摂取量は欧米に比べて少ないため、Na/K比が高い特徴がある。カリウムの主な摂取源は野菜や果物である。将来の脳卒中や心臓病を予防するためには、食塩摂取量をできるだけ減らすと共に、野菜や果物からのカリウムの摂取を増やして、Na/K比を低下させるのが重要であることが日本人を代表する集団の長期追跡研究で明らかになった。

本報告は日本およびアジアからは初めてのものである。

文責

社会医学講座(公衆衛生学) 三浦 克之

後天性QT延長症候群の遺伝的背景

The genetic underlying acquired long QT syndrome: impact for genetic screening.

European Heart Journal 2015, in press. DOI:http://dx.doi.org/10.1093/eurheartj/ehv695.  PMID: 26715165

執筆者

Hideki Itoh, Lia Crotti, Takeshi Aiba, Carla Spazzolini, Isabelle Denjoy, Veronique Fressart, Kenshi Hayashi, Tadashi Nakajima, Seiko Ohno, Takeru Makiyama, Jie Wu, Kanae Hasegawa, Elisa Mastantuono, Federica Dagradi, Matteo Pedrazzini, Masakazu Yamagishi, Myriam Berthet, Yoshitaka Murakami, Wataru Shimizu, Pascale Guicheney, Peter J Schwartz, Minoru Horie.

概要

後天性QT延長症候群は薬剤、低カリウム血症、高度徐脈などでQT延長、致死性不整脈が出現する病態であり、遺伝的背景が潜在していることがある。本研究は国内8施設とフランス、イタリアの3ヶ国による国際共同研究で、後天的要因によってQTc間隔が480ms以上に延長した188症例(5520歳, 女性140例)を1010家系2379症例の先天性QT延長症候群と比較した。

後天性QT延長症候群のQTc間隔は45339msで先天性QT延長症候群家系の保因者より短いが、非保因者より延長していた。遺伝子検索の結果、53例(28%)に47変異が同定され、変異同定率は日本人と白人の人種間による差を認めなかった。後天性QT延長症候群ではKCNH2遺伝子の変異が高率であった。また有症候者、40歳未満での発症、後天的要因がない状態でのQT間隔の延長が遺伝子変異の存在に関与する背景であった。

後天性QT延長症候群の臨床病態から遺伝子検査の必要性を考慮し、検査に要する費用を削減することで費用対効果が期待できると考えられる。

文責

内科学講座(循環器・呼吸器) 堀江 稔

筋硬直性ジストロフィー患者さんにおける心臓伝導障害の機序を明らかにした

Splicing misregulation of SCN5A contributes to cardiac conduction delay and heart arrhythmia in myotonic dystrophy.

Nature Communications 2016 Apr 11;7:11067. doi: 10.1038/ncomms11067.

執筆者

Fernande Freyermuth, Frederique Rau, Yosuke Kokunai, Thomas Linke, Chantal Sellier, Masayuki Nakamori, Yoshihiro Kino, Ludovic Arandel, Arnaud Jollet, Christelle Thibault, Muriel Philipps, Serge Vicaire, Bernard Jost, Bjarne Udd, John Day, Denis Duboc, Karim Wahbi, Tsuyoshi Matsumura, Harutoshi Fujimura, Hideki Mochizuki, Francois Deryckere, Takashi Kimura, Nobuyuki Nukina, Shoichi Ishiura, Vincent Lacroix, Amandine Campan-Fournier, Vincent Navratil, Emilie Chautard, Didier Auboeuf, Minoru Horie, Keiji Imoto, Kuang-Yung Lee, Aurice Swanson, Adolfo Lopez de Munain, Shin Inada, Hideki Itoh, Kazuo Nakazawa, Takashi Ashihara, Eric Wang, Thomas Zimmer, Denis Furling, Masanori Takahashi, Nicolas Charlet.

概要

筋硬直性ジストロフィーは19番染色体のミオトニンプロテインキナーゼ(DMPK)遺伝子の3’非翻訳領域のCTG反復配列の異常な伸長が原因となるトリプレット病の一つであるが、心伝導障害を引き起こすメカニズムは解明されていなかった。本研究は国内外の大学・研究所との共同研究であり、分子生物学、電気生理学、コンピュータシミュレーションを用いたトランスレーショナル研究で、筋強直性ジストロフィー症の心伝導障害の原因が心筋ナトリウムチャネルの選択的スプライシングの障害によって発症することを解明した。延長したCTGリピートが転写制御因子であるMBNL1に結合し、胎児型から成人型へのスプライシングの切り替えが障害され、loss of functionタイプ(機能抑制型)のナトリウムチャネルが発現し続けることが原因であることが示唆された。

これらの病態解明は、CTGリピートと転写制御因子の結合に作用する新たな治療法の開発に発展する可能性を有する。

文責

内科学講座(循環器・呼吸器) 堀江 稔

全身でGFPを発現するカニクイザルの作製

Generation of transgenic cynomolgus monkeys that express green fluorescent protein throughout the whole body

Scientific Reports 2016 April 25 DOI: 10.1038/srep24868 PMID: 27109065

執筆者

Seita Y, Tsukiyama T, Chizuru Iwatani C, Tsuchiya H, Matsushita J, Azami T, Okahara J, Nakamura S, Hayashi Y, Hitoshi S, Itoh Y, Imamura T, Nishimura M, Tooyama I, Miyoshi H, Saitou M, Ogasawara K, Sasaki E & Ema M

概要

写真:全身でGFPを発現するカニクイザル

これまで多くのヒト疾患モデル動物が遺伝子改変が容易なマウスやラットなどのげっ歯類を用いて開発されてきました。しかし、げっ歯類モデルではヒト病態を再現できない例がアルツハイマー病やパーキンソン病を含め報告されているため、よりヒトの病態を忠実に再現できる非ヒト霊長類モデルの開発が求められてきました。今回動物生命科学研究センターは、レンチウイルスベクター法を用いて、緑色蛍光タンパク質(GFP)を全身で発現するカニクイザルを作製することに、世界で初めて成功しました。カニクイザルにおいて、CAGプロモーターは全身性の遺伝子発現を可能にすること、従来の受精卵へのウイルスのインジェクションを、より早期の未受精卵へインジェクションすることでモザイク状の感染を抑え、細胞への均一な感染を可能にすることで、均一な外来遺伝子の発現を達成できることを明らかにしました。

今回作製されたGFPカニクイザルは、今後臓器移植や細胞移植研究に用いられる予定です。また、今回確立した遺伝子改変技術を用いて、アルツハイマー病などのヒト神経難病モデルカニクイザルが作製される予定です。これを用いることによって神経難病に対する前臨床研究が大きく前進するものと期待されます。

文責

動物生命科学研究センター 清田 弥寿成